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2012年に創立70周年を迎えた大映。これを記念して、11月に大映作品70本の特集上映が行われるほか、「座頭市」や「眠狂四郎」などの人気シリーズが廉価版DVDとして発売されるなど、年末に向けてその作品群に触れる機会も多くなる。
70年にもわたる長い歴史、これまでに製作された1500を超えるタイトル数は、これから大映作品を追いかけようとする映画ファンにとっては膨大な数だが、今回は「5分で分かる大映」をテーマに、その歴史と、今見ておくべき作品をお届けする。
1950~60年代、松竹、東宝、東映、日活と並んで日本映画の黄金時代を築いた大映。今年で創立70周年を迎えたこの会社からは世界的な名作や時代を牽引したスター、少年たちを熱狂させた特撮映画など、多くの作品が生まれてきた。その大映の誕生は、太平洋戦争と大きくかかわっている。1941年、時の政府情報局は娯楽を統制して、映画会社を松竹と東宝の2社だけにする布令を出した。これに異議を唱えたのが当時、新興キネマの京都撮影所長兼専務だった永田雅一である。彼は新興キネマと大都映画、日活を統合した第三の映画会社を作ることを情報局に認めさせるため、奔走する。こうして42年、日活の製作部門を新興キネマ、大都映画が併合した大日本映画製作会社、通称“大映”が誕生した(45年、社名は大映株式会社に変更)。初代社長は作家の菊池寛だったが、大映が独自のカラーを打ち出したのは47年に永田雅一が社長に就任してからである。
永田は新興キネマに入る前、仲間と第一映画社を設立し、溝口健二監督、山田五十鈴主演の「浪華悲歌」(36)、「祇園の姉妹」(36)という名作を製作した。大映でも彼は溝口健二を自社に呼びいれ、「雨月物語」(53)、「山椒大夫」(54)、「近松物語」(54)など溝口の代表作を次々に製作。彼ら二人の信頼関係は56年に溝口が亡くなるまで続いた。溝口を始めとする、日本映画のクオリティの高さを世界に知らしめたのも大映である。その最初は、黒澤明監督が50年に作った「羅生門」だった。この映画は翌年のヴェネチア国際映画祭に出品され、見事グランプリを受賞。日本映画が国際映画祭でグランプリを得たのはこれが最初で、以降黒澤監督は“世界のクロサワ”として国境を超えて映画人からリスペクトされる存在となり、日本映画が海外から注目されるきっかけになった。他にもカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した衣笠貞之助監督の「地獄門」(53)や、ヴェネチア国際映画祭で溝口健二がサン・マルコ銀獅子賞を受賞した「雨月物語」、「山椒大夫」など、日本映画が国際進出していく黎明期に、大映が果たした役割は大きい。
スターに目を向けると、50年代半ばまでは戦前からのスターが各社のトップで活躍していた。時代劇俳優で言うなら東映は市川右太衛門と片岡千恵蔵、新東宝には嵐寛寿郎が君臨し、大映には二枚目スターの代名詞・長谷川一夫がいた。彼は溝口監督の「近松物語」や衣笠監督の「地獄門」、吉村公三郎監督の「源氏物語」(51)といった巨匠の作品はもとより、49年から61年まで18本のシリーズとなった『銭形平次』ものなどに主演し、60年代初頭までの大映時代劇で活躍した。
女優では49年に大映に入社して「羅生門」を始め、「源氏物語」や「雨月物語」、さらには「鍵」(59)や「細雪」(59)などの谷崎潤一郎原作映画に主演した京マチ子、第1回ミス日本に選ばれたのがきっかけで53年に大映へ入社し、以降は10年にわたってトップ女優として活躍した山本富士子が代表格。
1954年、日本映画界は本格的な戦後派スターの時代を迎える。東映では中村錦之助(後の萬屋錦之介)と東千代之介がデビュー、翌55年には高倉健が東映に入社して56年に俳優デビュー、日活でも56年に石原裕次郎がデビューし、同年に小林旭が日活のニュー・フェイスに合格している。各社から新時代スターが出現する中、大映にも二人の男優が登場する。それが同じ「花の白虎隊」(54)で映画デビューした市川雷蔵と勝新太郎だ。後に“大映カツ(勝)ライ(雷)ス”と呼ばれたこの二大スターは、まったく異なる個性の持ち主だった。
関西歌舞伎から映画界へ入った市川雷蔵は、デビューの翌年に「新・平家物語」(55)で注目され、美男時代劇スターとして多くの映画に主演。代表作はニヒルな混血の剣士に扮した『眠狂四郎』全12作、権力に虐げられる忍者たちの反骨の人間性をリアルに映し出した『忍びの者』全8作、日本陸軍の諜報員養成機関の非情な実態にメスを入れた『陸軍中野学校』全5作、元海軍少尉のヤクザが悪をやっつける仁侠映画『若親分』全8作などのシリーズ映画だが、ほかにも市川崑監督と組んでその高い演技力を評価された「炎上」(58)や「破戒」(62)、三隅研次監督と組んだ「大菩薩峠」(60)、「斬る」(62)、「剣鬼」(65)など、独特の様式美が際立つ時代劇。あるいは現代の殺し屋をクールに演じた『ある殺し屋』二部作(67)、武士の悲壮美を壮絶な殺陣の中に刻み込んだ「薄桜記」(59)、伊藤大輔監督と組んで歌舞伎の世界を見事に映画として昇華させた「弁天小僧」(58)や「切られ与三郎」(60)など、印象に残る作品は多い。市川雷蔵の魅力は硬と軟、陰と陽を見事に使い分けながらメインとなる時代劇は勿論、現代劇においても“形”の美しさを失わない、凛とした存在感にある。69年、37歳の若さで亡くなったのが惜しまれる一世一代のスターであった。
「『座頭市』シリーズに凝縮された勝新太郎の魅力」を読む >>
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