天の知らせか十年ぶりで父に会おうと信州烏帽子嶽山麓の番小屋にかけつけた、飯山の小学校教員瀬川丑松は、ついに父の死にめに会えなかった。丑松は父の遺体に、「阿爺さん丑松は誓います。隠せという戒めを決して破りません、たとえ如何なる目をみようと、如何なる人に邂逅おうと、決して身の素性をうちあけません」と呻くように言った。下宿の鷹匠館に帰り、その思いに沈む丑松を慰めに来たのは同僚の土屋銀之助であった。だが、彼すら被差別部落民を蔑視するのを知った丑松は淋しかった。丑松は下宿を蓮華寺に変えた。士族あがりの教員風間敬之進の娘お志保が住職の養女となっていたが、好色な住職は彼女を狙っていた。「部落民解放」を叫ぶ猪子蓮太郎に敬事する丑松であったが、猪子から君も一生卑怯者で通すつもりか、と問いつめられるや、「私は部落民でない」と言いきるのだった。飯山の町会議員高柳から自分の妻が被差別部落民だし、お互いに協力しようと申しこまれても丑松はひたすらに身分を隠し通した。だが、丑松が被差別部落民であるとの噂がどこからともなく流れた。校長の耳にも入ったが、銀之助はそれを強く否定した。校長から退職を迫られ、酒に酔いしれる敬之進は、介抱する丑松にお志保を嫁に貰ってくれと頼むのだった。町会議員の応援演説に飯山に来た猪子は、高柳派の壮漢の凶刃に倒れた。師ともいうべき猪子の変り果てた姿に丑松の心は決まった。丑松は「進退伺」を手に、校長に自分が被差別部落民であると告白した。丑松は職を追われた。骨を抱いて帰る猪子の妻と共に、丑松はふりしきる雪の中を東京に向った。これを見送る生徒たち。その後に涙にぬれたお志保の顔があった。