■「地獄の掟に明日はない」
©東映
「1年に一度くらい、“こんなものもらっちゃった”と健さんがお酒を持って家へ訪ねてきて、“ちょっと15分くらい話しますか”と言いながら、話し出すと3時間(笑)。そんな時に健さんのほうから“こんな話があったんですけれど、やめました”というような話は聞いていて、こちらも幾つか健さんの企画を考えたんですが、結局結実したものはなくて。“こんなもの、どう?”と僕のほうから言ったのは、『あなたへ』が10年ぶりでした」
「あなたへ」は二人のコンビ作「夜叉」(85年)のプロデューサーも務めた、故・市古聖智が遺した原案を基にしたもの。当初はアクションシーンもある、往年のかっこいい高倉健のイメージが投影された話だったとか。
「でも僕はそういう暴力的な部分はなくしたほうがいいんじゃないかと思って、脚本を作る時に削っていったんです。主人公が奥さんの遺言で九州まで行くというのは元のままなんですが、だいぶ色合いは変わりました。そうこうしているうちに東宝のみなさんが、この企画を面白いといって、健さんも“面白いんじゃないですか”と乗ってくれたので、話が進んでいったんです」
原案では主人公が職を辞し、妻の故郷である九州の島へ渡って漁師として第二の人生を歩み始めるというものだったらしい。それが目的地は島から長崎県の漁港・薄香に変わり、物語のメインはそこへ辿り着くまでのロードムービーへと変化した。
「ロードムービーと言い出したのは僕なんですけれどね。後で“しまった”と思いました。ロードムービーの撮影が、こんなに面倒くさいものだとは思わなかったですから(笑)。
主人公の英二の設定も変わって行きました。最初、彼は刑務所のお医者さんで、刑務所の慰問に来ていた歌手の女性と知り合って、後に結婚する。その女性は、刑務所に入っている恋人に会いたくて、慰問に来ていたんです。その恋人が刑務所で病死する時に看取ったのが英二という設定でした。それがやがて富山刑務所の元刑務官で、現在は作業技官をしている男になっていきました」
妻が遺した手紙に導かれて、英二は富山から長崎まで車で旅に出る。その間に彼は、ビートたけし演じる自称・国語教師の男や、佐藤浩市扮するある秘密を抱えるイカ飯販売の男と出会う。
「英二は法律を守って、それを守らない囚人を管理するところで暮らしてきた。でも旅先で彼は、法を破る行為をしている彼らの親切や真心に触れる。それは法を守るという立場からはなかなか見えてこないことなんです。自然界で言えば表面を流れている綺麗な水ではなく、地下水の部分ですね。その地下水に、奥さんの遺言のおかげで触れることが出来た英二は、それまでとは違ったふうに解放されていく。そういう話なんだと思ったんですよ。これまでの健さんの映画は、最後に向っていろんなことがひとつにまとまって、そのエネルギーが頂点に達した時に音楽がかかって殴りこみに行く(笑)。そんなふうにまとまっていくのではなく、最後のほうに解放されて広がっていく映画になるなと。これは僕が思っただけで、お客さんがどう観てくれるかは分からないんですけれど。僕も健さんも歳をとって動きが鈍くなってきましたけれど、心のほうは歳をとって固まっていくんじゃなくて、何か広がっていけるというね。そこに共感してもらえるのかなと思ったんです」
そういう狙いがあるからだろう。今回の作品では登場人物のドラマすべてを、余白を残した描き方をしている。
「何か限定すればするほど、膨らみのない話になっていく気がしました。物語の中に映画的な事件があれば、限定していくことが力強さとなるんでしょうけれど、そうではなく今回は雰囲気で伝えたほうが、膨らみが出るように思いました。映像的にはいつもより柔らかいトーンになっていて、それもこの話には合っていたと思います」