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広瀬すずが頑張っていたね。友だちの危難に、鞄を投げ出して息巻くところなんかは、ちょっと、やりように困っている感じではあったが。あと、いい大人になった彼女たちが、いまの温和しい女子高生たちを、この子たちは、何を楽しみに生きてるんだろう、という目で見るシーンが、今昔の落差を思わせて面白かった。ただ、芹香の病床に奈美が添い寝して語り合う、本作一番の泣かせ所の音声が、エコーがかかったようにくぐもって聞こえたのには、ガッカリ。録音・整音、しっかりしてよ!
爆竹の音に驚いて振り返った二人が見つめ合い、恋に陥るという、映画にのみ許された一目惚れという特権的な瞬間から始まる本作は、恋愛という病にも似たパッションの理不尽さを果敢に追求する。これは原作由来でもあるが、多くの映画が、恋愛を描くのに、ライバルをはじめ、家族や会社のしがらみや病気といった障害を設定することで、ドラマを盛り上げようとするのに対して、ここでは、それら一切を排し、ヒロインの感情の動きのみに沿って描いた、日本ではごく稀な恋愛映画なのだ。
男に弱い母親を許せない娘を演じた山田愛奈の、どこか不貞腐れたような顔つき、佇まいがいい。そんな彼女でも、温かそうなのっぺい汁に、大ぶりのおにぎりを見れば、黙って手が出るだろうし、食べれば旨いに決まってる。そこから始まった料理人と二人での店の切り盛りが、突然、帰ってきた母親によって破られる。圧巻は、料理人と母親の結婚披露の場で、娘らしく盛装した彼女が、白無垢に身を包んだ母親と取っ組み合いの喧嘩をする場面だ。彼女は、そうして初めて独り立ちする。
オーソドックスに引きの画面が中心で、金井浩人のアップなどは、神社のシーンだけではないかと思われるほど抑制した作り手の姿勢を好ましく思ったのだが……。彼が駅員として働く様子を丁寧に描いた点も悪くないし、きらきら眼鏡をかけているという池脇千鶴の明るさが、金井を惹きつける一方、余命わずかな恋人(安藤政信)にとっては、鬱陶しく、拒みたくなるという流れも頷けるのだが、全体にメリハリを欠いた印象を受けるのは、あの禁欲的な撮影スタイルによるのかもしれない。
オリジナル版を見た時こういう日本映画があってもいい、と思ったものだが実現するとは。もちろん国と時代が変われば彩られる楽曲も変わる。オザケンが筒美京平と組んで放った名曲で「踊る」という趣向である。クライマックス、新旧メンバー・キャストがごっちゃになっちゃうダンス場面が最大の見どころ、私みたいな中年には懐かしさいっぱい也。ただ森田童子とか若い人にアピールするかな。コギャルには90年代うんざりだったが、こうやって大挙して出現するとシュールで凄いかも。
最後の展開を「雨降って地固まる」みたいに解釈してしまうと価値が減じる。むしろ夫婦は初めて不安を共有したのだ。幸福感でなく。増水する川に山田太一脚本『岸辺のアルバム』を想起する人もいるのではないか。同じルックスの二人の男という設定はドゥニ・ヴィルヌーヴの「複製された男」に通ずる部分もあるが、あそこまで神経症的な感触じゃないのは、演ずる東出君の人徳のなせる業であろうか。というのは冗談。本人達はその件をよく分かってないからだ。唐田えりかも地味に好演。
御当地映画というのは普通そこを無批判的に良く描くものだがこれは割と容赦なし。さすがに驚く。監督のエキセントリックな持ち味が出たな。しかし悪い印象ではない。逆に「最低。」に続きダメ母に苦労する娘を演じた山田愛奈の低体温的キュートさが好印象だ。とりわけ、母親の再婚結婚式に「贈る言葉」から話がねじれてわけ分からなくなるのが圧巻。でもエンド・クレジットの後まで見れば、納まるように納まる仕掛け、ご心配なく。母親が男と寝てしまうのを見る娘の嫉妬の視線が最高だ。
船橋市の御当地映画。ここは山から海、都会から田舎まで何でも揃っている稀有な土地柄で満遍なくロケも行き届いている。過剰に陽気でアグレッシブな女主人公と、逆に、受けに徹する芝居の男主人公との交流というのが演出上の特色。男は数年前に恋人を事故で失い、一方、女には余命いくばくもない恋人がいる。時間の流れと共に移り変わっていく両者の心情は良く捉えられていた。過去に囚われる男と未来志向の女、それぞれの物語がすれ違い、きっちり嚙み合うわけじゃないのが惜しい。
女子高生に仮託したオヤジ目線の説教臭さが皆無なのは、90年代コギャル映画への回答と言うべきか。しかし、絶妙なセンスを見せたオリジナル版がほぼそのまま流用されるので、「SCOOP!」の様にアレンジャーとしての才を発揮する場所がない。表層的にディテールが入れ替えられただけなので「モテキ」の90年代サブカルへの批評的な視点がコギャル文化でも発揮されるのを期待すると物足りない。もっともそれには、あの時代の渋谷を巨大セットで再現しなければ不可能だが。
「ハッピーアワー」にまで至ると、職業俳優を配した2時間の商業映画という枠が濱口に今さら必要なのかと思わせたが、十年に一本と言うべき傑作を撮りきった。偶然の出会いが繰り返され、理不尽とも思える言動をヒロインがやってのけるが、それを演出と演者の力で成立させてしまう。後は川から海、また川へと全篇をつなぐ水のイメージと共に、観客はその流れに心地よく身を任せきればいい。ラストカットは成瀬巳喜男の夫婦三部作に匹敵する虚無的な男女の姿を浮かび上がらせて慄然。
まず、登場する食べ物が美味しそうに見えたことに安堵する。こんな当然のことすら覚束ない食の映画が増えたのだが、「おんなのこきらい」でも食を映像で見せることに才気を見せた加藤綾佳だけに地方映画+食の不自由さを感じさせない。ヒロインの憂いを帯びた不機嫌な表情が良く、食と物語の配分も良い。一方、性描写や母と男を取り合うようになると途端に稚拙になり、軽妙さの欠片もない略奪劇と化し、〈いつも月夜に親子丼〉とでも改題した方が良かったのではと思ってしまう。
池脇千鶴だけに犬童一心と空目しそうになるが、「つむぐもの」で堅実な演出を見せた一利の方である。それだけに純粋すぎると思わせるベタな純愛劇ながら感情過多に陥らない引いた視点が穏やかに持続し、静かな語り口と池脇の柔らかな存在が際立つ。主人公が勤める鉄道会社のさり気ない描写が上手く、大半が改札と事務室ながら限られた空間を活かして主人公の日常を巧みに映し出す。この監督には同じきらきらでも、今度は易きに流れがちなキラキラ青春映画も手がけてもらいたい。