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厚化粧で固めた「後妻業の女」を見たあとでは、こちらの薄化粧にホッとするが、それは同時に、物語の焦点がいまひとつ定まらない弱さにも通じる。走るのが好きな少年が、祖父の過去を知って奮起するという話と、松原智恵子演じるバアちゃんと津川雅彦のジイちゃんの夫婦愛の物語とが、根っ子のところできちんと結び合わされていないので、エピソードを並べただけにしか見えないのだ。松原智恵子の芸歴55年は確かに目出度いが、彼女の語りに頼るだけでは、なんとも弱すぎる。
一応、ピカレスク・コメディーのつもりなのだろうが、これじゃピカレスクにもコメディーにもなりようがない。映画でも小説でも、ピカレスクたるには、自分なりの守るべき筋目(美学や倫理)があるのだが、ここでは、それが完全に欠けているのだ。金持ちのジジイを誑し込んで財産を奪うにしても、そのためには、殺しもやるというのでは、筋目も何もあったものではない。ただの人殺しだ。そんな出来損ないの話を糊塗するのに、役者にやたら暑苦しい芝居をさせるようじゃ、映画が泣く。
密入国者が集う「裏都庁」だかなんだか知らないが、その設定が、画面としてはまったく生きてない。原作ではそれなりに意味をもっていたのかもしれない宗教に関わる「地下教会」も同様。取り柄は、須賀健太演じる周とノゾム扮する林を、松田翔太のポリスが追っかけて行くところぐらいか。とくに、彼らを殺さずに逮捕しようと頑張る翔太。ところで、真木蔵人演じるヤクザのカシラが、かなり重要な役どころなのに、試写会用パンフには名前も顔写真も出ていないのは、どういう訳か?
林家かん平師匠は、脳溢血で倒れ、懸命なリハビリを続けるも、右半身不随と言語障害が残る。それでも、落語を続けようと頑張っている。エライね、とは思うのだが、本作を見ていて、一番印象に残ったのは、彼が、そんな身体でありながら、母親の介護をしているときの様子だ。それと、師匠の人徳もあろうが、彼が落語を続けられるように励まし支える人たちが沢山いることである。本作も、その一つとして作られたのだろうが、そんな優しさが、映画としては、題名も含め些か甘くしている。
ご当地映画として過不足ないのだが、八方美人。次々と現れる登場人物に映画があっぷあっぷしている。諸事情もあろうが半分に削れるね。これは少年がただ走る映画にするべき。空撮もそっち方面にがんがん効かせてくれてたらずっと楽しかっただろうに。彼に走り方の手ほどきをする謎の少年、実は、という構成なのに消化不良。だが、良いのは少年が終始うじうじしていることで、そのためお姉さんや同級生少女のしっかりぶりが光る。男はうじうじ生きてこそ吉、という教訓であろうか。
タイトルと主演で内容が分かってしまうが、期待したより遥かに出来が良い。悪人の側から事件が描かれるので逆に何もかも分かり過ぎるのが欠点か。冒頭から被害者番号が画面にでかでかと現れるんだからねえ。モンスター熟女をプロデュース。という線の豊川と、問題のモンスター大竹のW怪演のおかげで善人の影が薄い。で、善と悪どっちに転ぶか分からない私立探偵が鍵。ナンセンスなオチも可笑しい。もう一つ感心したのは音楽、特にラストに流れる主題歌が心を揺さぶる名曲であった。
惜しい。裏警察という設定も配役も申しぶんないのだが、凶悪犯を生け捕りにして東京に連れ戻したい、という行動基準に説得力がないために、何か無駄な努力をしている感じになった。また凶行も手当たり次第の殺害になってしまい、裏じゃなく表の警察が出てくる性質のものだ。コンセプトがブレてないかな。警察コンビが正義を貫く設定で、これはとても良い。凶悪中国人は当局の宗教弾圧から人生が狂ったヤツで、須賀が相変わらず強烈キャラ。ただ動機と犯罪がバラバラでぴんと来ない。
脳溢血の後遺症でこの四半世紀、動きも言葉もままならない落語家。シャレにならない境遇ではあるが昨日今日の病人じゃないので、言うことのそこかしこに可笑しさが漂う。さすがプロ。自虐の笑いじゃなく達観なんだね。もちろんそこをすくい取るのが記録映画作家の腕だ。自作の新作にチャレンジする日々がクライマックス。ひょっとしたら監督が仕掛けたのかもしれないが別に文句はない。その内容に周囲の支援者や友人が辛らつだったりするのも効果的で、それも当然監督の計算の内。
ロケ地の全面協力を取り付けて無数に製作されるご当地映画は玉石混交もいいところだが、本作は原作がしっかりしているせいもあるだろうが破綻のない丁寧な作り。走りが得意だが1位になれない少年が主人公ながら、首位至上主義や2位じゃダメなんですか的な話にならないのがいい。今回の4本中3本に出演の津川が引っ張り、松原が締めるベテランの存在感が往年の児童映画を思わせる小品を華やいだものにさせる。それを受ける演出が奇をてらわず、クサいものにしなかったのも好感。
題名とテーマだけではなく、大仰な芝居や踊りも含め末期の伊丹映画を想起。後妻業をやる側とやられた側の攻防という面白い内容のはずが大竹に如何に気持よく演ってもらうかが主眼になった印象。こんな胸焼けする演技は今では韓国映画的なドギツイ演出でないと持たないのでは? 彼女の昔からの遵法意識のなさが語られるが今の行動にそれを思わせる描写はない。財産強奪と守備をめぐるハウツーをもっと入れてもよかったと思う。鶴瓶やスーツケースのくだりはあまりにも楽屋オチ。
TVドラマ版は眺めていた程度だが映画だからとさほどスケールアップしないのはドラマと連続撮影の既定路線ゆえか。とはいえ翔太&東映ならB級アクションが似合う。優作と桃井かおりを超える息の合い方を見せる翔太と安藤サクラの共演シーンや、今やどんな役で登場するか毎回楽しみでしようがない須賀健太の怪演を眺める分には愉しい。これだけお膳立てが揃うからには東映セントラル的活劇になっておかしくないはずが過剰さと逸脱の不足で弾けきらない。この内容で2時間弱は長い。
善意と感動の押し付けを警戒したが杞憂に終わる。冒頭で車椅子に上手く乗れないかん平に介護士が「もう普段は失敗しないところで緊張してェ」と呆れられるところからカメラの存在を観客も意識することになるが、映画好きの噺家らしく主役を演じてやろうという意識が溢れているのが魅力。苦労や努力を作為で見せるのではなく、外に出て他人と触れ合う姿が同じ境遇の人々に与える影響を考えての主役の振る舞いである。楽屋や高座では雰囲気が変わり、芸人の顔になるのが印象深い。