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真面目なドキュメンタリー。というと揶揄しているように思われるかもしれないが、決してそうではない。原爆とか原発ということには、真面目に取り組むしかない。でないと、被爆の被害を軽い冗談のように扱う者に足をすくわれる。この映画、真面目だが堅苦しくない。それは、福島や六ヶ所村に足を運び話を聞く瑠衣子さんが、柔軟で優しいからだ。ただ、望むべくは、福島で、放射能の話は一切しなくなっているというところで、もっと突っ込んで欲しいと思ったので、その問題を次の課題に!
スキー旅行のバスが転落したすぐあとに試写を見たので、あらかた忘れてしまったが、記憶をどうひっくり返しても、面白くない。「誰も見たことのない地獄」と言ったって、そりゃ当たり前でしょう、というしかない。歴史をいくら遡っても、地獄を見た記録はないのだから。その地獄の光景が、似たり寄ったりで変化がない。扮装に凝った役者たちには面白かったのかもしれぬが、要はイメージで留まっていて展開がない。宮沢りえの脚に犬が絡みつく下ネタ紛いのシーンじゃね。失笑するしかない。
静かな映画か! まあ、意味もなく騒々しい『TOO YOUNG TO~』などのあとでは、一服の清涼剤という印象ではあるが。韓国の監督が奈良県五條市をシナリオ・ハンティングするという前半は、間の空き方が、街の静かな佇まいと相俟って独特のリズムを生み出す感じが好ましいが、後半の韓国から来た女性を案内するうちに、男が彼女に惹かれていくという淡いラブストーリーのほうは退屈。一カ所、彼女が弾く木琴が、前半部の幻の少女が弾く木琴を呼び起こすところはいいが。
タイトルまでが長すぎる。と感じるのは、二階堂ふみが立っているショットが長いからだ。そのあとの寝床で立ったまま赤ん坊を眺めているショットも同じで、作り手の思い入れで長くなっているのだろうが、もっと抑制して欲しい、舞台じゃないんだから。にもかかわらず、女が三人寄り合って豆の皮を剝いている場面をはじめ、ワケあり家族の感じはよく出ているし、運河を撮ったショットには惹かれる。あと小泉今日子と二階堂が角突き合う場面が記憶に残るのと、山田望叶の存在が面白い。
ちょっと前まで原子力をクリーン・エネルギーと称していた大マスコミが、今じゃ正義の味方づらして「脱原発を模索」とか言い出すから調子が狂うよ。彼らはお金をいただいたのでキャンペーン広告しただけだと正当化しているらしいのだが。政治家にしても一緒じゃないだろうか。正直、K直人を心から信じる気にはとてもなれない私。大災害時に無能ぶりをさらしたことだけは否定しようがないのではないかな。本作は取材対象が分裂した感じ。これをお得と取るかどうかで評価が変わる。
クドカン氏の作品は、自分が監督すると死の気配が水の奔流と同等で濃厚に現れるから面白い。今度のは舞台が地獄。そこに先に死んだ知人が待っていて、まさに地獄で仏、という状況が出来上る。輪廻転生を繰り返しつつ、しかし現世に戻るたび時間が加速度的に過ぎていく感じ。これは本来悪夢なのに「乗り越えられるべき課題」として扱われることで好感を呼ぶ。問答無用、行くなら地獄、というノリ。できたらもうチョイ森川葵ちゃんを見たかった、というのが唯一の心残りであろうか。
完成度が高い割には習作みたいな感じがつきまとう。不思議。きっちり二部構成にしたのがかえってハンパな印象だ。実際はどちらもドラマなのに取材篇&劇映画篇と思わせて損しているね。同じ写真が前後半で違う意味に使われるのは良いし、そこをもっと押して欲しい気がする。前半ラストから、手塚治虫の『雨降り小僧』みたいな幻想譚に移行するかと期待したがそうでもなかったのは残念。私のような凡人にはオチがあるようなないようなどっちつかず、リアリズムの恋物語は正直辛い。
一番いいのはタイトル。爆弾製造犯という発想が昔懐かしく、ネタバレになるので詳しく書けないが「過去」が騒々しく「現在」に乱入してくる作劇が面白い。でも実は今、予告篇を見てきたらネタバレ厳禁のつもりだった主人公二人の関係がばらされていて拍子抜け。書かないけどね。ただ、この件のばらし方もそうだが全体に脱力系の作りであり、この長さは無茶かと。もっとエピソードがないともたないと思う。豆料理屋という設定もいかにも小手先で、どことなく手抜き感が漂う会話だ。
長崎生まれの被爆3世の女性教員が、福島や六ヶ所村にも赴き、更に菅直人や専門家らのインタビューも織り込んだ作りは教育用としては申し分ない。一方で、彼女の出自が生かされているとは言い難いと思うのは、福島の原発事故後の差別や老人の話を聞くだけで、長崎では当時どうだったのかと反射させる作りになっていないからだ。彼女の主観と、作り手の主観が曖昧なまま混在し、総理への手紙も、思いを伝えるための手段より、観客に向けて書いて朗読させているように見えてしまう。
これまで乗り切れなかったクドカン監督作を初めて楽しんだ。やはり舞台に近い限定空間を主にした極端な異世界では独壇場である。アニメ版「時かけ」がタイムスリップを連発した様に、転生という大技を連発させて自在に現世と往復させた奇想が見事。長瀬の衣裳、メイクを計算に入れた演技も圧倒的。飛騨川バス転落事故を元にした「大霊界」から引用した冒頭といい、中川・神代・石井に続く地獄映画の現代版に相応しい。ただし異形の世界と設定に慣れてしまうと後半は平板になり退屈。
土地勘のある河瀨直美プロデュース作だけあって、観光色も無縁に夏の誰もいない町を歩き続けるだけで土地の磁場と呼応した世界になる。2つの挿話は共に韓国人と日本人が交流するが、通訳を介したり、片言の日本語だけで理解せねばならず、それを省略せずに見せるからもどかしい。しかし、そのリズムに慣れるとそれが当然となって彼女たちの感情を注意深く追うようになり、後半の恋愛が生まれる過程を味わい深く眺める。同じ俳優が二役で演じることを強調しない無欲さも好ましい。
〈女はつらいよ〉とばかりに死んだはずの小泉が食堂を営む女系家族のもとに帰ってきて何事かを企むがそれが何かは遂に明かされない。雰囲気だけに依存した映画が横行する中、演劇畑の監督だけあって何もない話、何でもない対話を立体的に構成する手腕は際立つ。海に近い店舗兼家屋の二階屋を映画よりも演劇的な空間に引き寄せて活用したのが良く、摑みどころがない世界にひたってしまう。二階堂は不機嫌で無愛想な顔がよく似合うが惜しむらくはラストのアップにもう少し余韻があれば。