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2010年以降、イラン政府から映画制作を禁止されたパナヒは、自らを被写体にドキュメンタリーとフィクションをまたぐ映画作りを続けた。こうした作り方は容易にマフマルバフを想起させるが、パナヒは昨年も逮捕され、今年保釈後に14年ぶりの出国を果たすなど、抑圧と闘う人生は現在進行形。映画的な手法以前に、パナヒにとって生と映画はもっと同義である。本作ではリモート演出など手段を選ばない撮影法も垣間見えるが、その行動力を支える精神のたくましさには目を見張るばかりだ。
ゲーマーからレーサーへの転身はいわば異業種からの参戦で、本流からすれば邪道。そのプロジェクトに目新しさはあるものの、映画としてはほぼオーソドックスなサクセスストーリー。実話ベースではあるが、ゲームのスキルと経験を生かしたドライビングテクはロジック的な要素と描写にとどまり、映像表現だからこそ、ゲームと実戦の垣根やつながりに体感レベルで説得力を持たせる難しさも浮き彫りに。主人公のガールフレンドが「主人公のガールフレンド」以外の何者でもなさすぎて困惑した。
2014年に「ガン・フー」スタイルで登場したシリーズの最新作は、3D戦闘ゲーム時代のアクション表現をアップデート。カメラワークや音楽、編集でも敢えて機械的な動きのリズムを演出。天井のないセットでジョンの動線を俯瞰で撮った見下ろし型のシューティングシーンは玄人好み。そしてドニー・イェンがべらぼうに格好いい。盲目の殺し屋という漫画的なキャラにもかかわらず、ドニーの能力とキャリアならあり得るかもという、虚実入り交じったリアリティに達しているのがすごい。
ゴルチエ本人とスタッフのコメントや情報がふんだんにちりばめられているだけに、ゴルチエのミュージカル作りをよりじっくり見たいという欲求が掻き立てられる、贅沢な逆説効果。ただ、その喧騒こそがゴルチエの人柄と創造性なのかもしれない。半ば歴史上の人物化したブランドネームの大きさと比べたら、あまりにも等身大の、動いて喋るゴルチエの姿には、遠近感を見失うような感覚すら覚える。ミュージカルのサブテキスト的な役割も大きく、ステージと併せて楽しむのが望ましい。
先月この欄で「君は行く先を知らない」について真魚さんが書いておられた意味がよくわかったが、こんな監督の息子として生まれてパナー・パナヒ監督も大変だろうよ。ひどい状況下を逆手にとってダイナミックなエンタメにしてしまう親父のテクニック。撮るだけでも命がけなのに、その状況ではそうしか撮れない「やむをえなさ」をそのまま物語の核にしてしまう力わざ。政治的に本当にヤバい映画こそ「撮っただけで偉い」わけではないのだ。映画は面白くないと伝わらないのだ。因果なことだ。
楽しかった。CMというか企業PVだなあとは思ったが、もしフィクションで作られたんだったら成功の裏で必ず起きる無意味な出来事や矛盾したことが何もないのは甘すぎてシラけただろう。敗者や死者のその後も追わない。しかしこれは実話だからこそ、そのへんはカットいたしました!とサワヤカなので腹は立たない。監督の商品への愛が凄いし演出の腕もいい。テレビやWebで見たくもない面白くない短いCMをタダで見せられるより全然いい。CMは金を払って見る時代で、これでいいのだ。
前作までは坊主の黒人コンシェルジュ以外いいとこがないイモ映画だったけど今回ぐっと面白くなった。やっと必殺仕置人の映画っぽくなってきた。人を殺すのは絶対因果応報だけど、どうせ人は人を殺さないと生きていけない動物なんだから体を張って一人一人しっかり殺すのが礼儀。主人公がたまたま手にしたヌンチャクの扱いが殺し合い中どんどん上手くなるのを見て、この人は本当に人を殺す才能に恵まれ、それ以外なにもできない人なのねと感動。あと、今回は犬は殺されないのでご安心を。
楽しかった。衣裳の細部や着て踊るダンサーの苦労など、トラブルも含めて細部まで観察できて実際の公演で見るよりお得だったのでは。もちろんこれは真実をえぐるドキュメンタリーじゃないから、きっともっともっと清濁いろいろあっただろう舞台裏エピソードやゴルチエ氏の性格や半生のマジで都合が悪い部分は描かない。そんなものはこの映画をお金を払って観に来る人は見たがらないからだろう。長い長いCMとしてとてもちゃんと作られていて、なにしろ楽しかったので、これでいいのだ。
ジャファル・パナヒ監督本人が主演。イラン映画らしく天然メタフィクションの世界観である。渡航が禁じられているパナヒが、偽造パスポートでトルコから国外脱出を試みる男女の映画を、リモートで撮影している。パナヒが滞在する国境近い田舎の村では、彼は著名人だが厄介なよそ者だ。その村でも因習が絡む若者の三角関係が大問題となる。本音を隠す曖昧な話し合いが多い中、急転直下で明かされる二組の男女の行く末。ラストのパナヒの苦い表情とシートベルトリマインダーの虚しい音。余韻の深さ。
ある意味定番なのだ。しかし市井の才能を持った若者が、紆余曲折を経て実践的なプロとして成功に向かう、その大定番のドラマツルギーが完全に押さえられていて、見事な青春映画となっている。部屋でゲームをしていた青年が、実際のレーサーとしてスカウトされ努力する。だが徐々に評価を受け、手応えを感じ始めた矢先、束の間の幸福が挫折を迎える。慢心、傷心、自己を見つめ直す、鍛錬、再挑戦という教本のような抑揚の見せ場。おやっさんとの熱い絆も完璧。ル・マンの夢のような晴れやかさに泣く。
もともと、続篇は作るべきではないと思う作品だったので、惨憺たる破綻も当然だと感じる。ただ真田広之やドニー・イェンという、アクションが得手の東洋系俳優への敬意の払い方は、この製作チームの良心であり、全シリーズを通してアクションは本当に魅力的であった。ただ物語は4作目に来て行き当たりばったりも甚だしい。殺し屋の世界の「突然殺しが中断できる」などの特異なルールも、もう好きにやってくれと放擲したい気分。エンドロール後に特典映像があるのをバラして悪いが、最悪の内容だ。
18年製作の映画が塩漬けにされていた理由を勘ぐってしまうが、とにかく最近はデザイン業界を追ったドキュメンタリーが非常に多い。多彩な衣裳に溢れ、デザイナーをはじめモデルやファッション誌の編集者といった最先端のスターが往来し、デザイナーの個性的な自宅を映せば、見栄えのする映画が一本できる。正直そういった動機を超えるドラマを持った、ファッション関係の映画は非常に少ない。ただゴルチエのファンなら楽しめるし、ファッション関係者や服飾史に興味のある方はマスト。