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監督の実体験に基づいているということで、ときおり性格が意地悪になる母親の認知症の進行描写にリアリティがある。その反面、娯楽映画の定型に収めようとすることで、ウェットでありきたりな感動場面が多くなってしまっているのもたしか。現代の話なのに、いかにも儒教的な親孝行を至上のものとする内容や、あくまで母親を、“母親”という役割のなかに収めてしまう視点ばかりなのには違和感。いたたまれないシーンが多いなかで、母親の激しい毒舌が的を射ていて笑える部分もあった。
「帰ってきたヒトラー」の内容を、ムッソリーニに移し替えただけなので、物語上の差はほぼない。しかし、いま世界で起きているシリアスな問題を照射する、よくできた話には違いなく、映画化の意義は十分にあると思う。同時に、かつて同じ枢軸国だった日本が、これら独裁者コメディを受けて何が作れるのだろうと考えこんでしまった。ヒトラーに比べ女性の口説きに執心する描写が特徴的で、悪しき典型としてのイタリア男とマッチョ思想、ファシズムを同一線上に並べる試みにも納得できる。
実在のシンクロチームの成功譚に合わせて設定を作り込み、シンプルな娯楽作に手堅くまとめあげていて、それなりに楽しめる一作。モデルにしたスウェーデンへのリスペクトが払われているなど、全体的にそつなく気をつかっているが、それ以上の何かがあるわけではなく、いまいち印象の薄い作品にとどまっている。同じ出来事を本作と近い時期にフランスで映画化した「シンク・オア・スイム」は対照的に、情緒的で実験的だが不器用な部分もあり、一長一短で仲良く引き分けかなという感じ。
女性指揮者への偏見を通して、人々の無意識的な差別をあぶり出し、現在の問題へとつなげていく内容と、根性と音楽への愛情で固定観念をぶっ飛ばしていく主人公の姿が小気味よい。それだけに、シーンの数が多過ぎて、メインテーマにまつわる部分や、生い立ちの物語などのエピソードが、あまりに細切れになってしまっているのが残念。ゆえに展開が唐突に感じられる箇所が多く、重厚な見せ場も作れていない。シーンを減らして、一つの場面に要素を統合していく工夫が必要ではないか。
テーマを設定してストーリーを作り、脚本を書き配役を決めて、撮影に入り……。作品によって順番が前後しても、映画制作の大まかな流れはこうだろう。けれどこの映画は終始、こうした人為的に作られたドラマを感じさせずに展開する。まるである家族の、ある時期の姿をあるがままに撮影したような自然さが画面に溢れる。料理が題材の映画は、そのレシピにも増して、料理を作る人の心情がたっぷりに詰め込まれているので、国にとらわれず、見るのが楽しい。この映画もそんな一本。
「帰ってきたヒトラー」と設定が同じでも、お国柄の違いがくっきり。「~ムッソリーニ」は、新聞店で独裁者の突然の生きかえりに仰天したのは店員ではなく、ムッソリーニの方。店員が男性同士のカップルだったから。また主人公の恋愛を後押し、エキストラとして出演している市民も眉間をシワを寄せる者はいない等々、最後まで面白可笑しく通すところが、意外にも楽しい(イタリア気質か)。加えて、結末には独裁者よりもマスメディアの権力の恐ろしさを示唆する現代への警鐘もきっちり。
同じシチュエイションの「シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢」と見比べてしまう。ミッド・クライシスのど真ん中にいる設定の、チームのメンバー8人のうち、会計士の抱えている問題は具体的に描かれているが、他はさらっとしか触れられない分、ドラマとしての弱さも。であっても、世界選手権の成績はお約束の結果として、やっぱり……なのだが、練習風景はカメラが水中での(下手な)動きを捉えているので、頑張ってる感が大。愛嬌たっぷりのグランド・フィナーレ○。
「音楽に性別はない」をテーマに女性指揮者アントニア・ブリコの半生を描いたこの映画は、女性が指揮者になりたいなどと言っても相手にもされなかった時代に、どうやって彼女が自分を棄てないで夢を叶えたかを描く展開が好ましい。そして、実在の人物かは不明だが、彼女を陰に日向にサポートするロビンのキャラとエピソードが、女性初のといった伝記ものにありがちな硬質な話に柔らかな膨らみを出し、テーマを支える。ロビンが言う「人間は裸で生まれ、後はすべて仮装」が心強い。
認知症の母親を中心とした感動話と飯モノ要素の食い合わせは悪くないはずなのに、家族愛パートがやたら湿っぽい上に長くて、その分お料理パートが手薄になってしまったのか、食べるシーンが意外なほど少なかったのは残念だったし、料理自体のシズル感ももうちょいちゃんと描出してほしかった、というのは韓国料理好きな自分の勝手な希望なわけだが、息子と嫁の関係が物語的に着地していないのもどうかと思ってしまったし、3分おきくらいに律儀に鳴る感傷的な劇伴にも興を削がれた。
元ネタであるヒトラーの方は未見につき比較は出来ないとはいえ、今の日本では作れないであろうタイプのなかなかにけしからん映画なのだが、喜劇としての質は高く、明るくスケベで大らかなイタリアらしいノリで細かいことを気にせずポンポン進んでいく楽しい展開に、ムッソリーニいいヤツじゃん、なんて思っていたらジリジリとダークになっていき、それまでの能天気さが意味を変容させてゆく仕掛けに気付くに至り、彼にとっては現代人の方がちょろいのかも知れないと思い怖くなった。
出てくるのはシワシワのおっさんばっかだし、主人公も割と本当に情けなくて、そりゃ嫁にも嫌われるわって感じで、「ウォーターボーイズ」のような華はないのだけれど、そのショボくれ感が堪らなくいい。シンクロシーンが見所かと言われればそうでもなく、パフォーマンス自体はかなり微妙なのだが、その生々しい完成度におっさん達のリアルな頑張りを感じる事ができるし、8人のキャラ分けも程良い塩梅で、熟年男性ならではのペーソス特盛りな人生賛歌に、気が付けば涙を流していた。
140分によくぞここまでエピソードをぶち込んだなあという感じで見応えがある反面、流石に詰め込みすぎ感もあり、出生の秘密云々のくだりや肝心の演奏シーンが若干中途半端になってしまっている気もしたが、音楽のためなら全てを犠牲にするモーレツキャラと見せかけて色恋ごとには未練タラタラだったりする人間臭さや、ナイトクラブのバンマスとの距離感などが良く、女性差別がはびこっていた時代に女性らしくあることを棄てずに情熱を貫き通したヒロインの姿には心を動かされた。