冒頭の人形浄瑠璃は、近松門左衛門の「冥途の飛脚」。ウィキでストーリーを調べてみたが、男女二人の道行があるくらいで、特に本作とリンクするような内容でもなさそうだ。人形は自分では動けない。背後の黒子が演じさせている。強いて言うなれば、運命に操られ、演じさせられている男女の悲劇の物語というところか。
松本(西島秀俊)は、愛する佐和子(菅野美穂)を裏切った。そのつけは、彼女の精神の崩壊と、自分の立場の喪失。行き場を失った二人は、当て所のない放浪の生活に陥る。お互いの腰に、赤いひもを結びつけて…。佐和子の現状を知った松本の行動は同情なのか、本当の自分の気持ちに気づいたからなのか。
ピンク一色の春の桜並木から、夏、そして真っ赤な秋の紅葉、やがて真っ白な冬の雪。季節ごとの彩色豊かな、日本の自然が背景に描かれる。これまでのキタノブルーをふっ切るかのような、鮮やかな色使いが美しい。二人の衣装、特に菅野は放浪者とは思えないほどきれいなままだが、彼女は既に心を失った人形のような存在なのだ。
松本と佐和子の放浪と並行して描かれるもうふた組の男女。若い頃の約束を守り続ける良子(松原智恵子)と、ヤクザの親分(三橋達也)。良子もまた、佐和子同様にイメージカラーは赤。佐和子は記憶を失っているが、良子は覚えている。だが、約束は忠実に守っているのに、目の前に現れた男に気づかない。男の面影さえ分からないのは、やはり彼女の心も何かを失っているのかも知れない。男も打ち明けない。それは後ろめたさ故か、彼女が気付いてくれるのを待っている。いや、気付く気付かないはもう問題ではないのだろう。過去はやり直せない。ならばこれからの時間を大切にしていけばいい。
もう一組は、アイドルの春奈(深田恭子)と、追っかけのファン温井。温井は、ライバルのファンと春奈の関係が自分より深く、遅れをとっていると思っている。自分こそ一番のファンになりたいという温井の行為には驚かされる。そこまでやるのは愛情故なのか。あまりにも思い込みが強すぎるのだが、彼女の姿は、温井の記憶の中で、いつまでも美しいままだ。
それぞれの物語は、一様に悲観的だ。そして北野監督の視点は、残酷でさえある。一時の希望を垣間見せた後の絶望。感情の落差が激しいほど、哀しみはより一層深まる。しかし、それをあっさりとやり遂げる北野演出は、涙を誘わず、空しい余韻だけを残す。人生とは、かくも哀しく美しく、残酷なのだ。
今回、久石譲の音楽は、驚くほど心に残らない。これまでの作品では、タイトルと同時に久石のメロディが頭に流れるほど、密接に強烈な印象を残していた。北野作品を語る上では、必ず久石作品の絶賛があった。敢えてそれを押さえさせた結果が本作のサントラ。これを最後に、久石は北野作品から手を引くことになる。