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製作は日本歯科医師会。が、この作品、いったい何を描きたかったのか。新人の歯科衛生士がデンタルクリニックに初出勤するシーンからスタートするが、入り口は間違えるし、院長やスタッフとも初対面らしく、いったいどんなツテで就職したの? しかも話は若手歯科技工士とその父親との技術を巡る確執に移行、そうか、技工士たちはこんなに頑張ってますよってワケか。嚙みあわせの悪い義歯を巡る患者のエピソードも凡庸で、とにかくとりとめがない。業界絡みの青春映画としてナットク。
中学生役でも演じられそうな童顔・北山宏光の何とも薄っぺらな父親役に、はなからオママゴトごっこをしている印象がして、シラケてしまう。死んだあと、猫のコスチュームで現れると、更にオママゴト度が加速、幼稚園の仮装劇? 妻と娘はふつうにマジメなリアクションで進行していくだけに、そのバランスのワルさ、子ども騙しもいいところ。いや子どもだって騙されん。昨年の「猫は抱くもの」にもコスプレ猫たちが登場していたが、今回はもっとチープで、北山宏光のファン向け!?
百田尚樹の原作は知らないが、映画はライトノベルならぬライトSF系で、つい引っ張られるままにズルズルと最後まで観てしまったが、そんな自分が腹立たしい。〝死を目前にした人間が透けて見える〟という設定。しかも寿命や自然死ではなく〝事故絡みの死〟限定。そんな眼力を持ってしまった主人公の戸惑いと責任感が、丁寧というか、くどくどと描かれていくが、飛行機の墜落事故を発端にした死の、そして事故の大盤振舞は、いくら映画の中のことでも気色ワルい。ヒロインのオチも。
山椒は小粒でもピリリと辛い、ということばがぴったりの、ハートフル&ハードボイルドの会心作。手作り風のダッチワイフ相手にプロレスの練習をしているおっさんと、プロレスに目覚めた少年の真向勝負。いや、闘うのは少年ではないが、おっさんの真実を知った少年と仲間たちが仕掛ける終盤のエピソ―ドには思わず拍手。おっさんが母親から貰った小遣いで通う風俗店・JKプロレスのくだりもくすぐったい。敵はリングの外にあり、という台詞も効果的。谷口恒平監督、頼もしい新人だ。
ある独自の技術や職能を描く業界もの映画はまず撮るネタが自然とそこにあり、それはそもそも映画となる必然を持っていて、映画として成立しうる道理。歯科技工士の役をやってもその清潔感から観る者に拒否反応を起こさせない高杉真宙が爽やかに懸命にやりきる。彼に関わる年配者、先輩格のキャラクターが皆良い。厚みが出た。特にロマンポルノにも出ていた丹古母鬼馬二、日活ニューアクションのヒロインだった松原智恵子は円熟の存在感。あれ、遡行すれば本作は日活青春ものか。
失礼だが意外と趣味が良い映画なのに驚かされた。とても楽しく観た。その趣味とは、擬人化された白猫の姿の飯豊まりえがまるで「ハンドラ」の毛皮ブーツのローレン・ランドンのように見えるということではなく、ある泣きの場面で役者が泣くのでなくその顔に窓ガラスを流れ落ちる雨滴の影を投げかけるとか、泣き笑いの状況で人物に指で口角を押し上げさせるあの有名な仕草をさせるとかのこと。クライマックスがひたすら漫画を描くことで、だがそれがちゃんと感動させるのもすごい。
有村架純は労働者階級のヒロインだと思ってる。坂元裕二脚本のドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の印象が強いからか。贅沢ではないのに上品で、働き者っぽく、健康的なふくよかさがあって。案外他に人材のいないここにはまる役をやるとものすごい戦闘力を発揮する彼女だが本作もそれであった。加えて近年のアメコミヒーローものが抱える救済しきれぬ罪悪感の話も。ただラストのもうひとつ足したドンデン返し(原作に由来)は変。それを秘密にするなよ! と。
川瀬陽太はもはや現代において人間存在のエルドラドのような役者になった。その夢見られる秘境の宝はマネーやゴールドではない。臭そうなおっさんが他の登場人物と観客に渡すのは自由とそれぞれの価値観を信ぜよという無形の黄金。本作は誤解による少年からの英雄視→なりすましをさらにひねった後、無用の人間の英雄以上に英雄的な立ち上がりかたを見せたのが良い。それは映る人物全員がいい顔をしてることに繋がる。あとチャラいダンスの五万倍はプロレスがかっこいいのも良い。
人間関係の些細なズレは、歯の嚙み合わせの微妙なバランスにも似ている。それは、人間関係における摩擦が和解を導くように、歯も心も次第に〝カド〟が取れてゆくからだ。また、嚙み合わせが人によって異なることは、人の〝個性〟を描こうとしているようにも見える。歯科を主たる舞台にした映画は数少なく、珍しい題材である。但し、エンドロールの最後が監督名ではなく歯科医師会のクレジットであることの是非は問いたい。映画は誰のものなのか、そして誰に向けて作られているのか。
主人公は〝売れない漫画家〟という設定。賭博に明け暮れているにもかかわらず、生活がさほど荒んでいない。それは、家族で住む部屋が整理整頓され、清潔感が漂っているからだ。つまり、多部未華子演じる妻がしっかりしている由縁を、美術によって表現しているのだ。そのことは、夫を失ったことに対して気丈に振る舞う〝強さ〟の裏付けにもなっている。本作は漫画原作モノだが「美女缶」(03)や『ロス:タイム:ライフ』で〝限られた時間〟を描いてきた筧昌也監督に相応しい題材だ。
運命の女神の瞳が導く〈運命論〉は「自分さえ良ければそれでいい」という利己的な傾向をよしとする社会に対するアンチテーゼに見える。相手を〝慮る〟という言葉は、いつの間にか(本来の意味とは異なる用法で)〝忖度〟なる言葉にすり替わっている。予知能力や世界を救うというレベルではない「個人で出来る範囲のこと」が何であるかを考えさせながら、その均衡を揺らす北村有起哉の演技が出色。彼の発言が正論のようで違和感を覚えることは、観客に〝慮る〟意味を再考させるのだ。
幼少期の僕は、某特撮番組の主人公の瞳が父にとても似ていたことから「もしかすると正体はお父さんかも知れない」と妄想を膨らませていた。そこには「番組を放映している時は必ず父が不在」という餓鬼なりの裏付けがあったのだ。虚構と現実の境界線が理解できなかった過日、己の周囲に存在する世界も限られ、目の前にある情報と情報を結びつけることでしか〝虚構と現実の境界線が曖昧な現実〟を導けなかったのだ。本作ではその境界線としてプロレスを機能させている点が素晴らしい。