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鑑賞後外に出ると、一面銀世界で、果たして百年前とは遠い昔なのか?などとセンチメンタルに考えたりして。人と人が交わす〝約束〟の重みに思いを巡らせながら雪道を歩いた。医者になる約束、結婚の約束、命を(権力や賄賂で)守る約束……すぐに家族のもとに帰るという約束さえ果たせぬ主人公たちも、約束とは守られるべきものと信じていたはずだ。主人公の母がパワフルだ。息子の本心を見抜きつつも、息子の人生の障害と見なせば「別の人生」と割り切り一切寄せつけぬ母の勘。恐るべし。
仲良しのエカに「面倒を避けるためには強くならなきゃ」と、思いを寄せる男の子から贈られた銃を素直に渡す14歳の少女ナティア。ピンク色に染まった満開の百日紅の下を、一緒に歩くだけで幸せだった淡い恋は〝誘拐婚〟という強制結婚で、実らず終わってしまう。ナティアや姉より体も小さく、幾分幼く見えるエカひとりが、わずか26年前にジョージアでまかり通っていた常識に激しく怒り、号泣する姿はいたたまれない。涙が乾いた後、刑務所の中の父にエカは何を言うのか? 苦い余韻。
海まで逃げても捕らえられてしまう、女にとって不自由な時代を生きたローズの半生に「マグダレンの祈り」(02)を観た当時の衝撃が鮮やかによみがえった。戦争映画同様〝こんな時代があった〟という悲しい事実を忘れぬよう、折々に打ち出していかねばならない類の作品である。「愛を込めて見たものは真実、あとは妄想」と断言する年老いたヒロインの背中は、若き頃よりしゃんと伸びている。変わらぬ知的な声も健全な証。時を経たからこそ、映画的なラストには普遍的な希望を感じる。
凸凹コンビが手を取り合わざるを得ない捜査を通じて、すっかり意気投合、めでたく事件も解決! という定番の刑事ドラマだが、緊迫のカーチェイス、アクションシーンに目を見張る(撮影監督は「チェイサー」のイ・スンジェ)。寡黙なヒョンビンの微笑みを際立たせるのは、相方ユ・ヘジンの滑稽さに尽きるが、普段はヘラヘラしていても、やる時はやるぜ! 的な〝韓国の熱血刑事〟としてはキャラクターが弱い。義妹役で銀幕デビューを果たした少女時代のイム・ヨナの使い方も勿体ない。
第一次大戦期のオスマントルコ軍によるアルメニア人大虐殺について、本作の有様はユダヤ系プロデューサーが製作したホロコーストドラマを見るかのよう。世のすべての虐殺事件は被害実態が明らかにされ、追及されるべきなのは論を俟たない。だが、描写がアルメニア側に偏向している感もあり、難しい問題だ。今言えるのは、帝都コンスタンティノープルの街頭や暮らしが、セットや衣裳において生き生きと描かれるのが、映画史でも珍しく素晴らしいということ。製作者の意図と反するが。
一九九二年春、独立直後のジョージア。耐乏生活を強いられた庶民の緊迫感を、二人の14歳少女を通して苦々しくカメラに収める。上映時間の大半が口論シーンでできている本作は、若者たちのめまぐるしく変化する喜怒哀楽、突如として荒天となる空模様によって、観客を激しく揺さぶる。どのシーンもピンと緊張感が漂うが、不思議と楽天的な気配もある。愁風蕭殺の境から春風駘蕩の場への転回を仰ぎ見る。親友の結婚披露宴における主人公少女の民族舞踊シーンが忘れられない。
精神科病棟に幽閉された女性の悲劇が回想形式で語られるが、真実がつまびらかとするのは、本作が女性の受難についてだけではなく、いやむしろそれ以上に男性の卑劣さについての映画だという点だ。嫉妬に狂った町の権力者(アイルランドの田舎町のカトリック神父)が片思い女性の人生をどのように台無しにしたかについて、本作は論難する。スビギャンツェフ全作品を手がけるロシアの撮影監督ミハイル・クリチマンの画面が鮮烈。一方J・シェリダンの演出は手堅すぎる感あり。
「シュリ」「JSA」が製作された二千年代初頭までは、北朝鮮を映画にすることは〝ここまでやっていいのか?〟というタブーに対する挑戦だった。「太陽の下で」で脱北者の日常までがドキュメントされた現在、北朝鮮という主題はカルチャーギャップコメディに回収されたと本作は冷徹に言い立てる。もちろん核兵器開発やミサイル実験など、国際的緊張はいささかも弛んでいない。にもかかわらず韓国映画において「北」は、日本映画における戦国武将のタイムスリップと同格となった。
20世紀初頭に起きたオスマン帝国によるアルメニア人迫害が題材。少数民族の受難は今の世にもつながる悲劇。それを現地の医学生、フランス帰りの女教師、アメリカ人ジャーナリストの三角関係、その恋愛模様で彩って。観てると往年のハリウッド戦乱メロドラマを思い出し、ちと懐かしい気分に。その筋立ては、暗く深刻な過去の出来事を万人に訴えるための作戦だろうが、全体のトーンが甘くなったのは残念。加害者=悪、被害者=善という描き方では差別の本質は見えないのでは
92年、紛争があり内戦がありのジョージア。その混乱下の少女たちを描いて。叫ばず喚かず、日常の感覚で少女ふたりの息遣いを観る者の肌にさらり吹きかけた、この脚本と演出。誘拐があって強制婚があってと次第に映画はコワさを滲みだす。その悔しさ、怒りを少女の男踊りで見せたところに、カチリとした作り手の芯を感じさせて。彼女たちの手を転々とする拳銃のハラハラ。でもどんな時代、状況であっても少女は大人になっていく。父親のいる刑務所に向かう主人公の強い足取り。秀作。
精神科病院に長年収容されている老女の過去の謎。それが次第に解き明かされる。ミステリーというより、これも往年のメロドラマ風。だけど描かかれる中身はキビしくて。第2次世界大戦中のアイルランド。その漁師町に避難してきた若い女性が、戒律に縛られ偏見にさらされての恋愛と受難。けして甘くない。だけど物語は意外に古風で、シェリダン演出もあえてクラッシック・スタイルで見せ切った。ルーニー・マーラがかつての美人女優ジーン・シモンズを彷彿させて。よくまとまった佳品。
お馴染みのバディ・アクション。北朝鮮と韓国の刑事という組み合わせが興味津津。うだつの上がらぬデカに扮するのが「LUCK-KEY」で印象のユ・ヘジンなのが嬉しい。筋立てや見せ場は最近の韓国活劇のお約束どおりの展開で、新味はないがほどほどに楽しめた。ユの家族が絡むのも定番だが、そのせいか2時間超えの尺になったのは少し長い気が。韓国に亡命の悪党の論理に説得力があるのが皮肉な味わいで。幕切れにあった、韓国デカが北に出張の続篇(?)の方が面白そう。期待。