パスワードを忘れた方はこちら
※各情報を公開しているユーザーの方のみ検索可能です。
メールアドレスをご入力ください。 入力されたメールアドレス宛にパスワードの再設定のお知らせメールが送信されます。
パスワードを再設定いただくためのお知らせメールをお送りしております。
メールをご覧いただきましてパスワードの再設定を行ってください。 本設定は72時間以内にお願い致します。
戻る
公開年:
現在の文字数:0文字
氏名(任意)
「時をかける少女」ならぬ〝夢をかける少女〟。2020年という直近未来の設定が効果的で、彼女のみる夢が、現実とクロスしていくというのもユニーク。ただその一方、彼女が夢でみる〝機械作りの国〟が、人間より機械重視というのが引っかかる。王の地位を狙う邪悪な大臣の目的も……。ともあれ、二重構成で夢を現実に返していく脚本は、伏線も丁寧で、スピード感も上々。いかにもアニメふうに誇張された各キャラとその台詞も弾んでいる。高校生という少女が小6ふうなのはワザと?
まさに少女マンガ的な設定で、キャラクターも大人が観るには小っ恥ずかしいが、それでもとにかく退屈しなかったのは、職人・廣木監督の演出手腕のおかげである。土屋太鳳のハシャいだ演技と、いつも目線がまっ直ぐな亀梨和也のカップルもいい。ドラマに親を介入させているのも説得力があり、演出のあちこちに笑いを忍ばせているのも達者。もっと言えば、学園コメディ、ホームコメディ、職場コメディ的な要素もあるし。ヒロインの親友役の玉城ティナが「暗黒女子」と違っていい感じ。
「愚行録」を連想させる〝イヤミス〟映画だが、死んだ少女を巡る5人の少女たちのキャラクターのアザとさは、いくらタイトルに〝暗黒〟とあっても笑っちゃうほどで、次々とタネ明かしされる幼稚で邪悪な脅し合戦は、陰湿なゲームのよう。女子高文学サークルのそれなりの美少女たちも、裕福な読書家の書斎を思わせる部室も、いわばビジュアル的な虚仮威し、正体暴露のための仕掛けっていうのだから空しい。千葉雄大扮するトンデモ教師がマセた高校生にしか見えないのもドッと疲れる。
〝世界は少女で回ってる〟!? この「はらはらなのか。」を含め、今回はみな〝少女〟もので、何やらゲップが出そう。という愚痴はさておき、25歳だという酒井監督の本作、女優志願の少女の迷走、妄想を、それが狙いでもあるか舌っ足らずに描き、まったく摑みどころがない。一部、アングラふうなタッチもあるが、感覚先行の話と演出がかみ合わず、ヒロイン役・原菜乃華のキャラクターも一人浮き足立っている。このところ若い女子監督の進出が目立つが、趣味のレベルが多い気も。
わかるようなわからないような作品。最近私がよく考えていた「ローグ・ワン」のマッツ・ミケルセン問題、「ハンナ」のエリック・バナ問題と言ってもいいが、親の反体制的信条と娘への教育というネタがここにもマイルドにあった。一抹の共感。ただ、魂から見た真実である幻想のなかで買い替え促進地獄が描かれているのに、現実パートと映画全体が新技術礼賛方向なのは解せん。スジが悪い、でも技術は高い。このプラマイが日本映画。主題歌に違和感。清志郎は自転車が好きだった。
Pはポリスでこれは警官と女子高生の恋愛もの、と知ったとき、それってあまりダークなところにまでいっていない水商売嬢が頼りにし惚れがちなのは警察関係だというようなあれかと思ったが、このJKは庇護を求めてはいなかった。ふたりとも実は似たもの同士の真面目善人で、ならばもっと障壁があってもよかった。どうも逆タイプの不良のほうの磁力が目立つ。とはいえ、見せる。隙のない王道のキラキラ恋愛映画。今回ももちろん亀梨を殴りたがる父親ムラジュンにアイデンティファイ。
清水富美加というまだ上り坂にある女優・タレントが新興宗教に出家するために引退するなかで、こんな厭な仕事をさせられたという例に挙げた映画だと思うが、これは面白くなくもないクラシカルな構成のミステリー。だが宗教に負けたか。ある意味、映画こそ最高の新興宗教で、関わる者を現世の生を超えた存在にもしうるがそこまでの企画はなかなかないか。大筋に関係なく私が苛立ったのは文学をサロン的なものにしてること。登場人物が悲惨なことになるのはその愚行の報いと解した。
とっちらかっているが良い。今号本欄の映画のなかでもっとも商業性の毒が少なく、表現であろうとする作品。ファンタジーでミュージカルでメタ的アイドルものという作り手の野心のメガ盛りが、減点的な見方を放棄させた。女の子がもうひとりの自分を友達にし、対話相手にするが、それがいかにもなカワイイファンタジーというより、妙に暗く、死の匂いがした。プレスリーの双子の兄の伝説の如く。本作はヒロインはもちろん、川瀬陽太、水橋研二らにとっても誇れる最新の様態の記録だ。
昼寝で見る夢とVR装置による仮想の現実。それは主人公にとって、どちらも〝現実のよう〟なのである。しかし当然のごとく、本作は現実の方が重要であると描いている。本物と偽物、現実と仮想現実は、神山健治監督作品に共通するモチーフ。レンズのフレアを描くことで夢と現実の違いを表現しているのだが、象徴的に登場するのが、瀬戸大橋やレイインボーブリッジなど現実に存在する〈橋〉。実景としての〈橋〉は夢と現実の〈架け橋〉として、サブリミナル的にも描かれているのである。
〝警察官と女子高生の新婚生活〟というフィクションの微妙な均衡を保つため、この映画では、例えば〝通話中の相手の声は観客に聞こえない〟というリアリティと、〝フラッシュモブのように踊り出す人々〟というバーチャルを混在させている。また〝苦労して登ったけれど、元の所に戻る〟という冒頭シーンで、物語全体の流れを象徴させていることも窺える。「雷桜」(10)で大橋好規を起用していたように、廣木隆一監督は音楽センスに秀でているが、本作にもそのセンスを指摘できる。
本来であれば映画本篇の評価に対して、作品の周辺にまつわる醜聞の類いは考慮すべきものではない。しかし、現実の女子の〈暗黒〉面がフィクションを凌駕しているため、2017年という同時代に本作を観る上では残念ながら避け難いのである。また本来であれば、惹句〈驚愕のラスト24分〉は驚くべきものだったに違いないが、パブリックイメージとは異なる現実の女子の〈暗黒〉面が脳裏を過り、物語を先読みしてしまうのも痛恨の極み。あらゆる意味で〝今観るべき映画〟だとも言える。
酒井麻衣監督は「いいにおいのする映画」(16)でも虚実を混在させていたが、これは〝監督の意図〟よりも「MOOSIC LAB」企画が先行していた。本作では原菜乃華が原ナノカを演じているが、虚実をクロスオーバーさせる〝監督の意図〟に疑いはない。一方で序盤の映像は〝監督の意図〟によるものというより、チャラン・ポ・ランタンの楽曲に引っ張られた感がある。後半はドラマに徹して虚実の境界線が明確になるが、願わくばもう少し世界を壊しにかかってよかったように思う。