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事実を映画にしただけで、これほどまでに格調高く現代的な「映画」が現出するとは。イーストウッドは「演出」の映画作家だ。演出という言葉の意味は、単に俳優の演技を引き出すことではない。カメラワークや編集も含めて、登場人物の豊かで複雑な内面を、観客の視線の前に押し広げてみせることである。ほんの僅かな間の取り方や、微妙なフレーミングによって、映画にしか可能でないドラマが鮮やかに浮かび上がる。名優トム・ハンクスはこの映画に出られて、さぞ誇らしかっただろう。
カントリーの大スター、ハンク・ウィリアムスの伝記映画。たった29年しか生きなかったこの天才歌手の短過ぎる人生を、トム・ヒドルストンが情感たっぷりに演じている。録音に差し替えたりせず、すべての歌をヒドルストン自身が歌っている。これがいいんだ。妻オードリー役のエリザベス・オルセンの蓮っ葉な愛らしさも魅力的。彼女の歌がまたいいんだ。というわけで、主演二人の演技と歌対決みたいな様相もあり。逆光と影を活かした、くすんだ画面がクラシカルな効果を上げている。
1967年ノルウェー、オスロの高校を舞台に、当時人気絶頂のビートルズに憧れてバンドを結成した少年四人組の通過儀礼的青春物語。当然ながらセリフもナレーションもノルウェー語で、独特の抑揚が印象的(外国人が聞いたら日本語はもっと独特だろうが)。原作小説がそうなのか、ポール・マッカートニーに当たるキムのモノローグで展開していく。すっきりとしてスタイリッシュな画面作りも相俟って、ちょっとこじんまりとした感じもある。a-haのマグネ・フルホルメンが音楽担当!
邦訳書も多数ある世界的に高名なピアノ教師であるシーモア(セイモア)バーンスタインの人物ドキュメンタリー。演奏テクニックだけでなく、ピアノに向かう姿勢、音楽に対する態度を重視する教育スタンスは、監督イーサン・ホークが魅せられたように、汲めども尽きぬ含蓄と説得力を持っている。ほぼ最初から最後まで、ずっとシーモアさんが喋っているのだが、幾らでも聞いていられる。それは彼の話が興味深いから、だけではなく、彼の表情が、物腰が、なんともフォトジェニックだからだ。
イーストウッドの映画はいつだって自分だけの正義を貫く者たちの物語だ。トム・ハンクス演じる機長のハドソン川着水という判断は、機内での一部始終を観ていると、それが彼の経験と能力に基づいていたとしても、根拠はほとんど直感と言っていいものに思える。おそらくそのように撮っている。そして彼の窮地と観客を救ったのは判断力よりもテクニックよりも「信じる」力の強さなのだ。白髪のハンクスと口ひげをたくわえたエッカートが着水後の川岸にたたずむ生々しさがたまらない。
トム・ヒドルストンは劇中の歌唱もすべて自分でこなしたそうだが、それが本当であってもなくても関係ないぐらい、ハンクという人にしか見えなかった。栄光も堕落も抑制の利いた演出が冴える。美しく魅力的だが良妻賢母からはほど遠いエリザベス・オルセンもいい。才能ある者が必ずしも人間のできた相手を愛するとは限らないし、傍目には不相応に見えても(ハンクの音楽面での成功を除けばむしろ相応だ)互いが相手を必要としていれば関係は成立する、その説得力が凄まじい。
演技経験などゼロだった少年たちをオーディションで選び、一つのバンドになってステージで演奏するまでに仕上げた監督の手腕がじわじわと光る。特にポール・マッカートニーにそっくりなキムを演じたルイスの、作品の中での成長ぶりには目を見張るものが。女の子相手の悪戦苦闘は一挙手一投足から目が離せないし、シャイで奥手なようで妙に小憎らしかったり堂々とした佇まいのアンバランスさが絶妙。ヒロイン役のスサン・ブーシェの深窓の令嬢&小悪魔ぶりも素晴らしい。
シーモア氏は才能ある演奏家で作曲家であり、その人生はそれだけでも語られる魅力が十分にある。だが89歳になる彼のドキュメンタリー映画はこれまでなかった。ではイーサン・ホークはなぜこの映画を作ったのか。彼が個人的に抱いていた生きる意味についての問いと、指導者としてのシーモアとの出会いがシンクロしたからだ。誰が、なぜ、その人物を撮りたかったのか。本作はそれについてのドキュメンタリーでもある。ラストの演奏カットは監督の被写体への愛にあふれている。
トム・ハンクスの演じる家庭を愛し、信念を貫く寡黙な男は、まさにゲイリー・クーパーやジェイムス・スチュワートたちが演じてきたアメリカ映画の伝統的ヒーロー像の再現だ。ハドソン川への着水シーンの撮影は見事だし、シミュレーション映像を使った調査委員会シーンも緊迫感があって、トム・ハンクスがいつしか「ファイヤーフォックス」や「スペース・カウボーイ」のヒーローに重なって見えてくる。流石はクリント・イーストウッド、間然するところない1時間36分であった。
トム・ヒドルストンの歌唱力、演技力は超絶的名演と言っていいだろう。まるでハンク・ウィリアムスが憑依した感がある。強い南部訛りで唄う誰でも知っているこの歌手の役を、シェイクスピアを演じているイギリスの舞台俳優に振り、歌の特訓を重ねたというプロデューサーの賭けは見事に的中している。アル中と不幸な結婚の半生は、その歌とは対照的に暗く悲惨なものだが、ヒットパレードのごとく次々と懐かしい名曲が聴かれるのは嬉しい。妻を演じたエリザベス・オルセンも面白い。
原題はズバリ “Beatles” だが、音楽映画と言うよりは、思春期の少年のイニシエーションのドラマだ。背景となるオスロの風土や60年代後半の社会状況なども描かれていて、この時代を知る大人のノスタルジーに訴える青春映画となっている。全体的にはcozyな感じで、芸術や恋愛が甘美さと同時に併せ持つ人生を狂わせかねない危険さが感じられない。みんなチャーミングな若者だが、学生時代というモラトリアムが終われば平凡な中産階級の紳士になる姿が見えるような気もする。
シーモア・バーンスタインというピアニストをネットで調べてもCDは一枚も表示されない。しかし本作を見ると彼がすぐれた演奏家、音楽教師であり、類い稀な人間的魅力の持ち主である事が判る。飄々としたユーモラスな語り口、芸術家特有の気むずかしさは全くないが、深遠な言葉が、彼のピアノのような優しい声色で次々と口から出る。ドキュメンタリーというと映画的完成度よりテーマが重視されるが、撮影、編集、録音も見事でイーサン・ホークの彼に対する崇拝の念が溢れている。