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この街を出よう的な話が昔から分からない。大体どういう街か分からないし。街にそんな呪縛性があるのか。自分の住んでる所をこの街と呼ぶ人も愛愛愛とすぐ口にする人も見たことない。そんなの古いと思ってたけど、一周回ってまたそうなってしまったのか。嫌だ嫌だ。街や愛の呪縛をやるなら、育ち方や親やなぜ惚れたかを描かないと。語り過ぎないことと描けていないことは違う。愛の本質を問うてるようで、人間の本質に迫れてないのではどうしようもない。ピンクなら60分でできる話。
これも何がやりたいのかよく分からない。何をオンにして何をオフにするか。描かないことで想像させることと独りよがりは違うはず。行間から読ませる解釈は投げっぱなしではダメ。作り手側に明解な意図がないと。映画にはその物語に相応しい時間というのがある。本作はそれより明らかに長いのに、話は焦点を結ばずテーマも見えない。せめてラスト、父の手に花を持たせないと。この題名なのに、誰もそれ言わなかったの? 何はともあれジャック&ベティ、30周年おめでとうございます。
日本に帰国し行方不明になった中国残留孤児を探す養母。結局、何も解決しないまま映画は終わる。それが中国と日本の間に横たわる戦争の傷痕(侵略と加害)が何も解決していないことを示す。水俣病だけではない。この国は自国の黒歴史を外国の手を借りなければ描けないのか。情けないし悔しい。役者も撮影も素晴らしい。ただテーマを別にすれば、このレベルの映画は昔はいくらでもあった。どこかで映画と歴史と社会と現実に真剣に向き合わないと、この国の映画は本当に終わってしまう
在日が撮った在日映画。応援したいのは山々だが、登場人物の誰一人として行動原理も気持ちも分からない。出来事の整合性もない。男の話だから男の脚本監督で、女の話だから女の脚本監督で、という思い込みがいかに間違いか、本作が見事に証明してくれている。「朝鮮人が日本人を祖国に連れてってるってホンマなん?」って、拉致知らないの? ヘイトもなく、社会の出来事が遮断されたパラレルワールドの話か。脚本監督主演、ちゃんと他者の視点を入れて作ったのだろうか。無駄に長い。
女と寝ながらも昔の恋人を忘れられない朋希、妻のいる男とずるずるとつきあっている凛、そんな凛を支えながら抱くことはできない慎一。地方都市に住む3人の男女のありきたりの恋愛模様に、どうしてこんなに引きつけられるのだろう。抑えきれない思いと醒めていく思い。葉名恒星監督はひたすら恋愛という理不尽な感情を見つめる。行きつくのは、恋愛とはどこか狂ってないとできない、という真実。それらしい恋愛映画が流行っているが、こんなにピュアな恋愛映画は久しぶりに見た。
ミステリー仕立てだが、芯になるのは事故被害者の遺族のグリーフケアの物語。認知症の父、介護する母、手伝いにくる次男。長男を交通事故で失った家族の心のさざ波は、団地内で住民の死亡事故が起きたことで一段とざわめく。隣家の鉢植えが落ちたのは父のせいではないか? 疑念が渦を巻き、家族の憎しみと自責の念はますます強くなる。奥田裕介監督は人物の心理の揺れをセリフでくどくど説明しない。花、虫、土、雨……。そんな謎解きを構成する事物で語ろうとしている。/p>
中国残留孤児が日本に帰ってきたものの、探し求める肉親とは出会えず、生活は苦しく、かえって不幸になる。日本人にとっては苦い物語だ。でもこれが戦争と戦後の現実であり、目を背けてはならない。日本人が避けて通りがちな主題に、果敢に挑んだ中国人監督に敬意を表したい。ただ残念ながら、日本の描き方にリアリティーが乏しい。セリフは生硬で、芝居も不自然だ。頭で考えたシナリオを、実際の場所と生の身体でどう具現化するか。この種の国際共同制作の難しさを考えさせられた。
冒頭の葬式から終幕の結婚式まで、大阪・生野の在日コリアンの大家族の真情が猛烈な熱量で語られる。登場人物一人ひとりに言いたいことがたくさんあって、声もでかい。さらに一人ひとりが丁寧に性格づけられ、面構えがよい。過剰に芝居がかった部分もあるが、物語にぐいぐい引き込まれる。家族と移民社会と抗争の物語という意味では、焼肉屋を舞台にした貧者の「ゴッドファーザー」なのかもしれないが、進学問題など個々の悩みや迷いは具体的で、リアルな人情劇に仕上がっている。
現実的には、誰かを好きでいることに理由は必要ないかもしれない。ただし映画である以上、あんなクズ男になぜ執着し、そんな彼と離れられない彼女になぜ好意を寄せ続けられるのか、そのモチベーションの片鱗くらいは示さなければ、連呼される「愛だな、愛」なる決め台詞も虚しく響く。愛することには一本気なくせに、愛されることには無頓着な男女の不毛な顚末を延々と見せられても、心に決めた相手は断じて揺るがぬ頑固者同士が、同じところをグルグル回っているだけに見える。
いつ何が起きても、巻き込まれてもおかしくない現代を背景に、誰もが被害者にも加害者にもなり得る、他人事とは思えぬ切実さが全篇を貫く。愛らしい花の植木鉢が奇しくも凶器となった悲劇を発端に、正気と狂気の間を彷徨う父への疑念が膨らむ中、老いや病にさえ奪えない、家族の幸せのために心を尽くし続ける一家の主の矜持の一端も覗く。ひととしては間違っているかもしれないが、憎しみの連鎖を断ち切り、息子として正しくあろうとする次男の葛藤や覚悟に、胸締めつけられる力篇。
終戦から遠ざかるにつれ、風化しつつある中国残留孤児という深刻な主題に、過去と現在が共存する趣豊かな古都を舞台に、改めて光を当てる。不思議な縁が結ぶ日中混成トリオが、それぞれの母国語や書き言葉、ユーモラスなジェスチャーも駆使して失踪人探しに奔走する数日間を通し、ふたつの国に翻弄された女性の悲痛な半生が浮き彫りにされるとともに、血のつながりや国境を越えた人情の美しさも印象に残る。唐突なテレサ・テンでダメを押す幕切れには、少々面食らったけれど。
序盤では、なかなかに複雑な人物間の相関関係や、ある在日朝鮮人一家の波乱の歴史が、時間を行き来し丹念に紐解かれ、家族劇として引き込まれる。しかし、不在ながら物語の中心にいた長男が帰還してからの、ジャンルが一変するがごとく血の気の増す急展開には、正直とまどった。様々な疑問が回収しきれぬエンタメ的見せ場を連投するよりも、15年の空白を、個々に魅力的な“アウトサイダー”と彼らを取り巻く人びとがいかに乗り越えるかをこそ、じっくり描くべきではなかったか。