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伝説の犯罪者を題材としたよくある露悪的な一代記だろうと予想していたら、家族の負の連鎖から、オーストラリアという国の特異な成り立ちまでをも射程に収めた、とても生真面目な力作で不意を突かれた。ただ、「ジェシー・ジェームズの暗殺」もそうだったように、この種の作品は主人公に悲劇的なエンディングが待っていることがあらかじめ決まっている上に、対象への最低限の知見や関心があることを前提としているので、観客を選ぶ作品であることは否めない。
例えばアメコミ映画の現在の隆盛は、原作のマニアックなファンダムの外側にいる多様な観客層を意識的に取り込んでいった成果なわけだが、今後ますます増えていくであろうゲーム原作映画は、今のところそのようなサービス精神とは無縁の作品が主流だ(それだけプレイヤー人口が多いということなのかもしれないが)。本作もゲーム内のファンタジーと現実世界とのリンクが希薄かつ曖昧で、原作ゲームをプレイしたことがないと、そもそも作品のロジックについていけない。
監督がやりたいこと全部一本の作品に詰め込んだら収拾つかなくなっちゃいました、といった感じの並行世界ものアクション・ファンタジー。日本の映画界にもたくさんいた(そしてほとんどが消えた)、20年遅れの90年代〜00年代前半タランティーノ作品のフォロワーとも言えるのだが、作品全体に嫌味がないのはその無邪気さ故か。ヒロインのアン・ジヘの今後も期待できるが、地に足が着かない作品世界をなんとか成り立たせているのは助演女優イ・ミンジの好演。
ピーターラビットの声を演じているのがジェームズ・コーデンということからも察しがつく通り、子供をメインターゲットとしながらも、ヌルくならないギリギリのところで大人もちゃんと楽しめる作品のレイヤー構造に感心。砂糖をエクスタシーのメタファーとして散々コスるあたり、いかにも英国生まれのコンテンツ(本作自体はアメリカ映画だけど)で微笑ましい。第1作を未見でもまったく置いてきぼりにされないのは、自分もそうだったので保証します。
01年のブッカー賞に輝いた、ピーター・ケアリーの原作に忠実に、伝説の英雄ネッド・ケリーの物語が描かれる。本作のケリーは、幼い頃から父に代わって、母と姉弟妹を養うため、無骨な(それはまさに四角い黒の鉄兜のような!)男の仮面の下に、母エレンの愛を乞う、少年の純粋さを隠している(ジョージ・マッケイが、繊細に表現する)。原作に、きれいな母について、神が父のために仕掛けた罠とあったが、母親の存在感が強調されて、ヒーローの新たな像に迫っていく感動が薄れた感も。
肉体の迫力に圧倒された。ハサシ・ハンゾウ改めスコーピオン役の真田広之(最高!)と、魔界最強の刺客ビ・ハン/サブ・ゼロ(ジョー・タスリム)との重厚なアクションシーンは〝デスバトル〟と呼ぶにふさわしい緊張感と迫力で、息を呑む。「脊髄を引き抜いてやる!」など、ちょっと想像もつかない残虐描写の連続で、心身ともにヘロヘロになったが、氷を操るサブ・ゼロをはじめ、役者の演技、視覚効果、音響など渾然一体となった完成度の高いシーンに、アクション映画の進化を見た。
アン・ジヘのアクションの腕を見染めたチョ・バルン監督が、当初の設定を変更して、ヒロイン・ヨニを誕生させたというドラマチックなエピソードから、問答無用のアクション映画と思いきや、幼少期から、人生の“主人公”になりたいと強く願ってきたヒロインの、切ない胸のうちに迫るドラマに、心地よく裏切られた。とはいえ、クライマックスの剣術対決以外にも、見せ場を作って、彼女の涼やかな魅力と、アクロバティックや乗馬など多彩な腕前をもっと披露してもらいたかったなあと。
生きる上で、自分が大切にしていることと、他者から求められることとのギャップに悩む、ピーターたち。アイデンティティにまつわるシリアスな問題を、ピーターらしく、柔軟に解決していく。軽やかだが、宿敵マグレガーとの関係性の変化は、昨日の敵は今日の友よろしく、大人の目にもリアルだ。グリーン・デイの〈Boulevard of Broken Dreams〉など、洗練された演出も印象的。ピーター&仲間たちとのドタバタ劇は、吹替版の方が愉快。前作に続き、ピーター役・千葉雄大の巧さに唸る。
英雄譚として長年語られてきたオーストラリアの伝説の反逆者、ネッド・ケリーの生き様。本作は「トゥルー・ヒストリー」というシニカルなタイトル通り、その「真実」を否定し、同時に肯定する。〝自分視点〟の事実を子供に伝えるために綴ったネッドの手紙がモノローグとして物語を進めるのだが、実際のその手紙を基に小説は書かれ、それがこの映画の原作となっている。その「真実と虚構」をめぐる多重の入れ子構造が本作の魅力だ。クライマックスの美しく凄惨な光景が忘れられない。
ゲームファンにはお馴染みのキャラクターの背景を繋ぎ合わせて物語を作り上げているからか、原作ゲームをプレイしたことがない自分には違和感しかない展開で、終始戸惑う。ただアクション演出は素晴らしく、場所、構図、タイミングを丁寧に計算した接近戦のリアルな見せ方、グロ描写もやりすぎで良い。それぞれのキャラに合わせたことがこちらでは活きている。特に真田広之の殺陣、所作は完璧で、長年舞台を選ばずストイックに挑み続けてきた本物のスターということを改めて実感。
アクション女優がパラレルワールドに迷い込み、悪人によって苦しめられていた人々を救う壮大な設定。にしてはセットや美術がチープでディテールも甘い。多くの要素(メタ構造、親子愛、異世界=北朝鮮?等々)を詰め込んで物語は進むが、それらが上手く嚙み合っていない。見せ場のソードバトルは、スタントなしで臨む俳優たちは熱かったが、ロック調の劇伴の絶妙なダサさがカット割りにも影響し、気持ち良く乗れない。全篇、素材の面白さをバランスの悪さで活かしきれず残念。
前作は未見だが、擬人化された動物と人間が共存する原作の世界観をちゃんと現代の寓話として昇華していることに感動。アニマルロジック社のVFXは、セット、美術、人間を演じるドーナル・グリーソン、ローズ・バーンらと絶妙なバランスで馴染み、その超現実世界に没入できる。ピーターが体験するビターな大人の洗礼、そして原作者ポターが目の当たりにした“悪意なき他者”による作品の改変問題もメタ構造として描き、ただの古典名作の映像化で終わらないところも好感が持てる。