パスワードを忘れた方はこちら
※各情報を公開しているユーザーの方のみ検索可能です。
メールアドレスをご入力ください。 入力されたメールアドレス宛にパスワードの再設定のお知らせメールが送信されます。
パスワードを再設定いただくためのお知らせメールをお送りしております。
メールをご覧いただきましてパスワードの再設定を行ってください。 本設定は72時間以内にお願い致します。
戻る
公開年:
現在の文字数:0文字
氏名(任意)
「罪を犯した者の更生」という真摯なテーマの下、役所広司が狂気と愛嬌を自在に使い分けて演じるプリミティブな主人公の奮闘を、厳しさとユーモアをまぶして双六のように綴っていく。そして辿り着いたゴール(ラストシーン)をもって、映画は三上と我々が生きる「世界」について観客に問いかける。役者陣の演技もスタッフワークも上等で、日本映画として最高レベルにあることは間違いない。ただ、問題提起するための行儀の良さや賢さが、映画を体感することを邪魔している。
同じく終末期医療を題材にした「人生をしまう時間」や「痛くない死に方」を鑑賞済みの自分には、長尾和宏氏の人物像以外に、光るものを発見できなかった。死にゆく人に医師が向き合うシーンには必然性を感じるが、尊厳死に関して暴言を吐いた麻生太郎の国会答弁の映像など、それ以外のシーンでも多用されている長回しが冗長で、全体が間延びしてしまった。意義のある題材や魅力的な素材に甘えて、作り手が仕事を怠るという、人物ドキュメンタリー映像にありがちなミスが残念。
再現ドラマ的な印象で終わる危険を孕む題材を、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんが見る非現実的な夢の映像をクライマックスにすることで、インパクトを残すことに成功している。拉致シーンの恐ろしさも忘れがたい。とはいえ、拉致被害者の田口八重子さんと金賢姫とのエピソードが少々描かれただけでテロップで処理されているように、エピソードのパッチワークが美しくない。架空のキャラクターを媒介にするなどの工夫をして、もう少しドラマとしてエンタメ化してもよかったかも。
非常に勉強にはなったが、多数のテーマやメッセージを一本のドラマに落とし込めていない。主人公の在宅医が平穏死に失敗した患者と成功した患者を、前者は写実主義の絵画のように、後者は人情もの+川柳普及映画のように描いていて、コントラスト以前にトーンがちぐはぐ。劇中で日本酒を「おいしい酒」ではなく「真面目な酒」と称賛する台詞があるが、この映画もまさにそんな仕上がり。宇崎竜童が演じる末期がん患者のキャラクターが、映画を突然スイングさせる魅力に溢れている。
西川美和という人は本当に映画に対して誠実である。伝えたいと思うものをとことん吟味し、もっとも適格だと思われる方法でそれを表現しているのだと思う。三年にわたる綿密なリサーチ、その成果は明らかだ。人物それぞれが、その人の生きてきた履歴から心の底の景色まで見えてくる。「カタギになると、空が大きくなるって言うわよ」というような姐さんの科白がある。その言葉のように、彼女の映画世界がまた広がった。西川美和は日本映画の財産である。
『安楽死特区』という小説を読んだ。著者は、この映画の主人公の在宅医だ。小説のほか著作物は数十冊に及ぶ。著作は贖罪だと本人は言う。その言葉がこの人を象徴している。退院して自宅療養にした途端元気になったという患者たち。大病院では末期ガンの患者に酸素とブドウ糖を大量に投与するが、それこそがガンの栄養になるという。つまりはガンの増殖を手助けして、患者を却って苦しめるのだ。患者を笑わせ、歌わせ、メシも食わせ、そして穏やかに逝かせる。人間を愛しているのだ。
拉致問題に関してかなりの下調べがなされているだろうと思わせる。実話なだけに、この現実にしっかりリアルに向き合わないといけないと観ているうちに背中を叩かれる思いがした。映画のもとになった舞台公演は全国を回って、多大な支援を得たと聞く。是が非でも映画にして、より多くの人に拉致の問題について改めて考えてもらいたいとの願いが充分作品に込められていて、力が入っている。が、終盤の夢のシーンは何なのか。事実として観ていた気持ちが途端にはぐらかされてしまう。
人の死を扱っているのに、妙な言い方だがとても気持ちの良い映画である。在宅医という存在は聞いてはいても、よくは知らなかった。知って良かった。瀕死の患者が病院に運ばれると、全身管につながれ、不必要な苦痛を伴う延命を余儀なくさせられる。人の尊厳などまるでない。安楽死が認められない日本では、病院ではそうするしかないらしい。この若き在宅医は、患者それぞれの人生に見合った手作りの死を患者と一緒に創っていく。死は一つの作品なのだ、と思った。
原作は90年であって、ヤクザが反社と呼称され、差別と排除を受ける現在とは大分事情が違うはずだ。しかしその辺考慮されているようには見えない。原作の主人公はもっと頭がよく、共感できる要素の薄い男だったということだが、本作ではその複雑さは捨象され、直情径行なだけで実はいい奴という分かりやすい「キャラ」に変更されている。悪いことが重なって絶望したかと思えば、全てが好転して希望を持つという作劇による観客の心理の操作、こういうのを通俗というのではないか。
薬漬け医療を厳しく批判、患者との対話を重視し、その意思を尊重した在宅医療を実践する医者の話だが、彼の医療の諸相を通して現在主流の医療に疑問を投げかけることに重心を置くよりは(「痛くない〜」の方に譲ったのか)、『情熱大陸』風の密着取材で、医師個人のキャラにもっぱら関心を向ける。「けったい」というタイトルも、実はこっちの方が真っ当でしょ、というしたり顔が見え、また多幸的なエンド・タイトルの後に一人の患者の死を描いて重く終わる構成も、いささかあざとい。
北朝鮮が拉致のような非情な手段を行使する独裁国家になったことには複雑な歴史的要因、国際政治情勢があり、その絡まった結び目を解くことも解決の一つの道だろう。この映画にはその絡まり具合を明確に可視化する方途もあった筈で、心情にばかり訴えるよりその方がよほど実効性があるのでは。日本自体もアジア全体を視野に置いた粘り強い外交努力を怠っており、しかし解決を国家に委ねなければならない被害者たちは、批判も封じられている。その拘束も描く価値はあるように思う。
「けったいな町医者」の題材をドラマ化した作品だが、その本人ではなく、その後輩が主人公。在宅医療医ではあるが、マニュアル通りの診療によって患者を苦痛の末に死なせた彼が、先輩の仕事を見て学び、あるべき在宅医療の在り方を学んでいく構成。失敗例から成功例という変化がいささか楽天的とはいえ、点滴や腹水の考え方など具体的な医療の細部も説得的で(同じことはドキュメンタリーでも述べられているが、言葉のみと映像とではやはり説得力が違う)、脚本のこなれ具合が良い。