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主題が一貫せず、飽きっぽい作者の気分に受け手側も翻弄される。序盤を妖しく引っ張った降霊術ミステリーは、映画の後半ではどうでもよくなってしまう。そしてそのあやふやさを、美しき2女優はじめ圧倒的なキャスティングで吹き飛ばしてしまうのである。こんな映画の作り方もあるものだろうかと感心した。映画に真の心霊を写すという妄想に取り憑かれたユダヤ系プロデューサーの役を、A・デプレシャン監督「魂を救え!」(92)のE・サランジェが演じるのは示唆的だ。
本作を★1個としたが、むしろ★1個作品こそ真剣に見分され、検証されるべきだ。南仏の大ブルジョワ一族周辺から一歩も離脱しないこの箱庭映画を、ベトナム人監督ユンが作ることの意義を問いたい。監督はそこに人種を超えた普遍的な家族愛、ツリー状に増殖する生命の尊さを措定した。では一族の外部はどこにあるのか。彼ら大ブルジョワの贅沢な生活の糧は、ベトナムはじめ苛酷な植民地経営から得た富でないと言えるのか。近代帝国主義戦争はどうか。意図的な箱庭性に注意すべし。
ラストの万感せまる風景ショットがすべてをかっさらってしまう瞬間風速系の作品だ。愛のない結婚をした美人妻と死病で衰弱した青年将校の不倫愛が、高原の療養所を舞台に時代錯誤ぎりぎりに展開される。だが真のデカダンスの在処はそこではなく、長年にわたる空々しい夫婦間の没交渉ぶりにある。木下惠介「永遠の人」の仏版のごとし。妻がジョゼと呼ぶ夫はスペイン内戦の元レジスタンスで、亡命仲間は彼をホセと呼ぶ。彼女は夫の名前の本来の発音さえ念頭にないらしい。しかし…
大建築家の陰に隠れた女性デザイナーの名誉回復という本作の製作意図は支持する。しかし手つきが乱暴で、実在の芸術家たちへの敬意を著しく欠く。ヒロインのアイリーンは陰影を欠いた聖人君子で、一方のル・コルビュジエは嫉妬深いゲス野郎でしかなく、こんな紋切り型は問題だ。筆者から作者への最良の提案は「頭を冷やして一から作り直せ」だ。今の状況では第一級のロケ地がかえって仇になっており、逆に〝文化財の撮影とは何か〟についての重要なサゼスチョンとなっている。
降霊術を披露する美人姉妹。彼女たちに魅せられた映画プロデューサー。時は1930年代、トーキー勃興期。道具立てはこちらの好みに満ち溢れて。ところが妹が呼びだした霊を映画に写し取ろうという試み。それと女優として売り出そうとする姉の話。この2つがうまく溶け合わない。そこにプロデューサーのユダヤ人差別まで絡ませては、映画は混乱するばかり。その材料の一つ一つが面白いだけに、この脚本設計の失敗は勿体ない。せっかくの女優たちの魅力もこれでは発揮されず。残念。
台詞が少ない。ナレーションと音楽中心。恋と結婚、出産と死。その三代にわたる家族人生が、この監督お得意の、きれいきれいな映像で綴られていく。観ているうちに、同じ模様を繰り返し眺めている気分に。人物はいっぱい出てくるが、誰一人として、こちらの胸に引っかかってこない。ただただ人間の表面をサラリと撫でてるだけの気がして。家族主義を謳歌するようなラスト。そこに、この監督のアジア人の血を感じた。だったらこれ、仏印時代のベトナム人家族でやればよかったのに。
見てると日本の「永遠の人」とか「妻は告白する」を思い出す。女、それも人妻の狂恋。考えてみればこのヒロイン、独身時代に野外で放尿中の教師に迫る。ここに彼女の異常を匂わせて。しかも、その一途な恋の執念に、女の切なさが溢れでる。療養所のやせこけた若い兵士。厭世的なこの若者に女が惹かれるところに、野性ではない、どこかデリケートなものに憧れる彼女の繊細さが滲んで。そして最後、今まで陰に隠れていた夫が表に躍り出る。これはまた、見事な〝男〟の映画でもあった。
万どうも今号のこのページの作品群、お話のネラいがボヤけて、何を描きたいのか曖昧なものが多くて。いずれも監督が脚本を兼ねているのが一因? 例外は「愛を綴る女」だけ。これもあのコルビュジエと家具デザイナーのアイリーンとの諍いを描きたいのか、彼女と評論家の男との愛憎関係を描きたいのか、いずれも中途半端。国家を代表する大建築家にもこんなイヤな面があったという暴露話にしては、舌っ足らずだし。とにかくあちこち話は飛ぶけど、何も印象に残らない。う~ん、困った……。
1930年代のパリ。アメリカ人スピリチュアリストの美人姉妹が、フランスの映画プロデューサーに出会い、映画界に踏み込む。いずれも実在の人物をモデルにしているようだが、当時、新興の芸術にしてテクノロジーだった映画と、心霊という怪しげなものを接近させようとする発想、その異界に憑かれていく男の様に着目した点は、興味深かった。が、後半、収拾がつかなくなるのはどうしたことか。ナタリー・ポートマン&リリー=ローズ・デップ、華麗な美のツーショットが嬉しい。
19世紀から20世紀へと至るフランス。上流階級の一家庭の人々が辿っていく命の営みが、ミニマルな描写と壮大な視点を持って、眩い映像美の中に綴られる。オトレイ・トトゥはじめ、スター女優たちが、貴婦人を優雅に演じていて美しい。女たちは産んで、死ぬ。こうして命は次の世代へとつながっていく。生き物の定めである。ただ、この粛々とした営みを愛でるトラン・アン・ユンの〝美〟意識過剰は、私にはむしろ危険なものに思え、好きな監督だけど、今回はトゥー・マッチだった。
夢見がちすぎる女はどこか狂気を帯びる。マリオン・コティヤール演じるガブリエルはそんな娘で、村人たちにも家族にも敬遠されている。案じた母が決めた素朴で優しい男と結婚するが、身体の治療で訪れた療養所で、美貌の負傷兵と出会い、一目惚れする。最近、フランス映画でも珍しい激情型ヒロインに、正直、とまどう。が、鑑賞後、現代的なテーマを持った作品だったとわかる。ラストで彼女が得る現実への満ち足りた肯定感。と同時に、この映画は夢も否定していないところがいい。
〝近代建築の巨匠ル・コルビュジエ。彼が唯一その才能に嫉妬したと言われる、アイルランド出身のデザイナー、建築家アイリーン・グレイの後半生を描いたメロドラマ。そう、芸術家同士の火花散る関係性のドラマというより、アイリーンと彼女を愛し支え続けたジャーナリストとの蜜月の物語といった印象だ。ヒロインを演じる女優は、皺すら知的でとても美しいのだが、ハイソな魅力も物語が平凡なので、あまり惹かれない。ル・コルビュジエ役がヴァンサン・ペレーズだったのが一番の驚き。