ゴッドファーザーPARTII

ごっどふぁーざーぱーとつー|The Godfather Part II|The Godfather Part II

ゴッドファーザーPARTII

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レビューの数

158

平均評点

85.5(1400人)

観たひと

2151

観たいひと

100

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル 任侠・アウトロー / ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 1974
公開年月日 1975/4/26
上映時間 202分
製作会社 フランシス・フォード・コッポラ・プロ
配給 パラマウント映画=CIC
レイティング PG-12
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

ゴッドファーザー、ビトー・コルレオーネの縄張りを継いだ三男のマイケルが次々に宿敵を倒し、ファミリーを形成していくまでの過程を、若き日のビトーの足跡を挿入しながら描く。製作・監督はフランシス・フォード・コッポラ、脚本はコッポラとマリオ・プーゾ、原作はマリオ・プーゾ、撮影はゴードン・ウィリス、音楽はニーノ・ロータ、音楽指揮はカーマイン・コッポラ、編集はピーター・ツィンナー、バリー・マルキン、リチャード・マークス、衣装はセオドア・ヴァン・ランクルが各々担当。出演はアル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、ロバート・デュヴァル、ダイアン・キートン、ジョン・カザール、タリア・シャイア、モーガナ・キング、リチャード・ブライト、フランチェスカ・デ・サピオ、トロイ・ドナヒュー、マイケル・ヴィンセント・ガッツォー、G・D・スプラドリンなど。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

ドン・マイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)は、根拠地をニューヨークから西部のネバダ州タホー湖畔に移していた。近くに収入源のラスベガスが控えていたからだ。マイケルは、ことあるごとに父ビトー・コルレオーネの偉大さを思うのだった。---/ビトーはシシリー島で生まれた。ビトーが9才のとき、父と母と兄が土地のマフィアの親分チッチオに殺された。彼は村人にかくまわれ、移民団の群れにまじって単身ニューヨークへ渡った。1901年のことだった。ニューヨークに着いたビトーは天然痘の疑いで3ヵ月間病院に入れられた。---/1958年。タホー湖畔にある教会ではマイケルの一人息子アントニーの聖さん式が行われていた。ビトーが死ぬ直前、一緒に庭で遊んでいた幼児がアントニーである。城のような大邸宅では大パーティが催され、マイケル、妻ケイ(ダイアン・キートン)とアントニー、ママ・コルレオーネ(モーガナ・キング)、マイケルの兄フレドー(ジョン・カザール)、その妻、妹のコニー(タリア・シャイア)とその恋人(トロイ・ドナヒュー)、相談役トム・ヘーゲン(ロバート・デュヴァル)などの顔が見える。パーティが終わり、その夜、マイケルの部屋に何者かが機関銃を乱射した。犯人はマイアミの大ボス、ハイマン・ロス(リー・ストラスバーグ)の腹心ロサト兄弟だった。---/リトル・イタリアで成長したビトー(ロバート・デ・ニーロ)は、あらゆる職業を経て、次第に頭角を現し、移民の信望を集めるようになってきた。彼のもとには弱い人々がさまざまな願いをもって訪れる。その街を牛耳る悪玉ボスのファヌッチを仕とめたのは町をあげてのお祭りの夜だった。---/マイケルはハイマン・ロスと一対一で会い、自分を襲ったロサト兄弟と、その事件に内通したペンタンジェリ(マイケル・ヴィンセント・ガッツォー)を処分することを宣言した。ペンタンジェリはコルレオーネ一家の古参だったが、マイケルのやり方に不満を抱えていた。そんなペンタンジェリにマイケルはロサト兄弟と手打ちをするように指示する。ロサト兄弟のバックにいるのがハイマン・ロスだと見抜いていたマイケルは、彼の油断を誘うべく計画を練っていたのだった。しかし手打ちの場所でペンタンジェリは暗殺されそうになるが、一命を取り留める。更に驚くべきことに、兄のフレドーまでもが、コルレオーネ家の情報をハイマン・ロスに流していた。そんなある日、マイケルは、犯罪調査委員会に呼び出されたが、マフィアについてのあらゆる容疑を完全に否定した。委員会側はそれを偽証だとしてペンタンジェリを証人として呼んだ。ペンタンジェリはマイケルにはめられたと思い込んでいたのだった。マイケルはペンタンジェリの肉親を傍聴席に呼び、彼の証言を封じた。その夜、妻ケイはマイケルに離婚話をもちだした。マフィアの恐ろしさと、子供の将来を想う気持ちからだった。---/ビトーと妻との間には4人の子供が出来た。汽車がシシリー島のコルレオーネ村に着き、多勢の村人が一家を迎えた。ビトーは両親の仇、チッチオを襲って、自分の手でチッチオの腹を十字に刺して殺した。---/ママ・コルレオーネが病気で死んだ。ニューヨークに隠れていたフレドーも呼び戻された。葬儀のあともフレドーはタホー湖畔にとどまって幼いアントニーと遊んだ。フレドーはマイケルに許されていると思ったのだ。だが、船で湖へ釣りに出たところを、マイケルの命令で殺された。初老に達したマイケルは、一人湖畔の椅子に座り、亡き父ビトーの愛情に充ちた偉大な生涯を想い、自分の孤独に胸を痛めるのだった---。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2025年7月号

巻頭特集 コッポラ、映画で“世界”をつくる男:CHAPTER 2 テーマで読むコッポラ映画 濃密な家族のドラマとイタリアの血 「ゴッドファーザー」3部作

2018年7月下旬特別号

巻頭特集 キネマ旬報創刊100年特別企画 第1弾 1970年代外国映画ベスト・テン:ベスト19グラビア解説

2011年4月下旬号

第二回 午前十時の映画祭:「ゴッドファーザー PARTII」「ディア・ハンター」

1975年5月下旬号

映画批評:ゴッドファーザーPART2

外国映画紹介:ゴッドファーザーPART2

1975年5月上旬号

グラビア:「ゴッドファーザーPART2」

キネ旬試写室:ゴッドファーザーPART2

1975年3月上旬号

グラビア:「ゴッドファーザー2」

2025/12/29

2025/12/30

85点

購入/4K UHD Blu-ray 
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栄華と孤独 ― 二つの時間が交差するマフィア叙事詩

『ゴッドファーザー PART II』は、前作の成功を受けた単なる続編ではなく、
「帝国はいかにして生まれ、いかにして壊れるのか」を、時間軸を二つに割って描いた稀有な映画である。
冒頭のパーティーから、すでに空気は違う。
PART I が、イタリア移民たちの身内だけで祝われる温度のある結婚披露宴だったのに対し、
本作の湖畔のパーティーには、政治家や実業家といった“仕事上の関係者”が並ぶ。
そこにあるのは祝福というより、形式と利害。二代目マイケル・コルレオーネのファミリーには、すでに虚無が漂っている。
長尺の物語の始まりの段階で、観客ははっきりと「崩壊の序章」を感じ取ることになる。

家族を守るために始まったはずの組織は、
やがて家族そのものを蝕み、疑念と恐怖だけが残っていく。

一方で並行して描かれるのが、若き日のビトー・コルレオーネの物語だ。
1917年、移民としてアメリカに渡り、仲間と助け合いながら生き抜くビトーの姿は、マフィア映画でありながら、むしろ「家族と共同体の物語」として胸を打つ。ロバート・デ・ニーロが演じるビトーには、
後年のドン・コルレオーネが持っていた“温度”と“人間的な重さ”が確かに宿っている。

1917年のビトーのイタリー街での台頭、
1941年と思われる兄弟たちが集うビトーの誕生祝い――この頃がファミリーの最盛期。
1945年、コニーの結婚式
1955年、マイケルが家長となり、
1959年のキューバ革命によって時代の読みを誤った瞬間、帝国は音を立てて崩れ始める。
栄華は、わずか半世紀にも満たない。

ビトーが築いた「人の繋がりの帝国」は、
マイケルの時代に「恐怖と支配の帝国」へと変質し、
その代償として、彼自身はすべてを失っていく。
一つの帝国が生まれ、そして崩れるプロセスを、“陽”としてのビトー、“陰”としてのマイケルで対比させた本作は、映画史における続編の理想形であり、同時に、ゴッドファーザー・サーガの最も深い場所に到達した傑作だと言える。

2025/10/16

2025/10/16

80点

VOD/Amazonプライム・ビデオ/レンタル/テレビ 
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とにかく長っ。途中で休憩あるの初めて。でも、一気に見ちゃった。重厚。音楽とイタリア語、そして、独特の「間」。雰囲気ある〜。でも、さびしい&哀しい。この余韻が堪らなく。名作ゆえ、なんでしょうね〜。

2025/02/08

2025/06/05

85点

映画館/群馬県/高崎電気館 
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時代が変わり、ファミリーの意味も変わる

冒頭のイベントパーティのシーンが1作目と良い対比なのかもしれない。
1作目の、身近な人たちが集まっての結婚披露パーティ
今作の、チャリティーイベントパーティ

パーティの中身が、集まる人々の関係性が空疎な感じになっている。
人のつながりが希薄なパーティを開催している2代目(主人公)。
家族の行動が癇に障ってしまう辺りが
初代ゴッドファーザーとは時代が違っている。

初代の頃の持ちつ持たれつという社会ではなくなっているのだろう。
2代目はファミリーを守る為ではなく
ファミリーと言う組織を守るために腐心して
対抗勢力と争いながら
組織の崩壊に繋がりかねない家族を排除する行動をとってしまう。

裏社会からの脱却を願うばかりに
ファミリーの意味を変えて生き残りを図ろうとする2代目の行動が
このファミリーの存在意義を問いかける。

このファミリー(=組織)は必要なのか?と。
観ている側に問いかけられてるような気がするし
無情な決断が決定的な何か(崩壊)を導くのではないかと感じさせます。

2011年

2025/05/07

100点

VOD/その他 
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パット・ギアリー上院議員の逸話をおぼえていますか?

コルレオーネ・ファミリー(三男のマイケル)と協力しようとしなかった頑固な上院議員に何が起こったか覚えていますか?
数日後、彼は死んだ売春婦とベッドで目を覚ましました。
議会を統制するために、そうやって仕向けているのでしょうか?

オバマケア可決の決定的な票を最高裁が下すにあたり、オバマケア無効化要求を却下したのを思い出します。
このような事例は、枚挙にいとまがない。

2025/02/23

2025/03/01

85点

テレビ/有料放送/WOWOW 
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1作目よりも

現在のコルレオーネ家のトップである三男マイケルと先代の父ビトーの若き日を交互に進行させることで、孤独になっていく悲しみとファミリーの小さいが幸せが対比され、見る者の心をつかんでいく。これほどまでに人が死んでいくにもかかわらず。

2025/02/19

90点

選択しない 


繁栄と没落

マイケルと若きドンの話が交互に描かれることで2人の違いがはっきりしてくる。ヴィトはやはり義理人情の人で、やたらと暴力で解決するわけではないが、仲間や家族を傷つけるのには容赦ないところがあり、マイケルは家族であっても組織に害をなすものには容赦しない冷酷さが際立つ。最終的にマイケルは害あるものを全て排除できたが、本当にマイケルを愛して想ってくれる人は周りいない。ヴィトと違い孤独だ。自分の未来は自分で決めるという決意と共に孤独で幕を閉じるラストがなんとも悲しい。古い映画だから派手なシーンも衝撃的な話の展開もなく割と平坦に進むが、それでも画面に惹きつけれるのは俳優たちの凄みだと思う。ケイとマイケル、トムとフランク、フレドにロス、そして前作で圧倒的な存在感をはなったマーロンブランドに引けを取らないロバートデニーロ。もはや演じてるのではなく、完全に役にはまっている人しか出てこない素晴らしい名作。