公開時に観ているが、うるさい映画という印象しかなかった。多分途中寝てしまっていたのかも。
若い人達はユーゴスラビアという国があったことを知っているだろうか。私にとっては今のバルカン半島の小さな国々の多くは、つい最近までユーゴスラビアという国であった。チトー大統領が統治し、旧ソ連圏とは一線を画して独自の社会主義国として成立していた。チトー亡き後、ユーゴ紛争が起きて分裂して小さな国々が独立していった。今の時代にしかもヨーロッパの地で内戦が起きるなんて。信じられなかった。しかもそれまで仲良くしていた隣人同士で殺し合うなんて。サラエボは冬季オリンピックが開かれた街で、そこで市街戦が行われて、街が瓦礫の山になるなんて衝撃だった。
ユーゴという国が第2次大戦でドイツと戦い、独立を勝ち取り、そして国が分裂していく様をその時代、時代の映像を差し込みながらみせてくれた。チトーの葬儀のフィルムでは当時の各国の首脳達の映像が流れて、懐かしい顔がたくさんあった。特にブレジネフが映っていたのは珍しかった。チトーの時代も後半は停滞の時代だったんだね。ユーゴ紛争が始まったのはウェキ先生に教えてもらうと、1991年から、で、この映画は1995年の映画。紛争が始まって2,3年で映画を作り始めているんだ。クストリッツァも、当たり前だけど、隣人同士の殺し合いに切羽詰まってこの映画を作ったんだろう。ラストは皆仲良くというメッセージと、でも、もう無理だよ、という諦めで終わっている。改めてユーゴの悲劇に哀悼を表したい。
クストリッツァは合成が下手(「オン・ザ・ミルキー・ロード」でもいかにも合成なのが判った)で貼り合わせたのがすぐ判る。映画の撮り方も粗いが、そのエネルギーはよく感じる。
クストリッツァの映画、他に何か観ているか調べたら、劇場で「ジプシーのとき」と「アリゾナ・ドリーム」を見ていた。「ジプシーのとき」はクストリッツァらしいが、「アリゾナ・ドリーム」がクストリッツァとは思わなかった。