実在した英国の情報将校、トーマス・エドワード・ロレンスを中心として第一次大戦下におけるアラブ独立闘争を壮大なスケールで描き出し今日における「アラビアのロレンス」のイメージを決定づけた超大作。本作はロレンスを一貫してアラブ独立闘争のために身を賭した人物として描く一方で、ロレンスが「何を成し得たか」ではなく、むしろ「何を成し得なかったか」に焦点を当てている。本作は劇中前半でロレンスに「Nothing is written(運命はない)」という台詞を言わせているが、やがてその信念は劇中後半においてロレンス自身から湧き上がる倒錯的な欲望によって自壊していくことになる。
「Nothing is written」。そう信じるために人は時に「外部」を必要とする。そしてロレンスはアラブの灼熱の砂漠の中に「外部」を求めた。しかしながらロレンスにとって砂漠とは「Nothing is written」という幻想を生む舞台にすぎず、結局のところ彼は砂漠の現実に触れることはできなかった。この点、本作で砂漠の現実を体現する存在が後にロレンスの盟友となるハリト族の首長アリである。当初、アリは他所者であるロレンスに懐疑的であったが、やがて「Nothing is written」というロレンスの行動力と人間性に惚れ込み、アカバ攻略からダマスカス制圧に至るまで終始彼を支えるパートナーとなる。けれどもロレンスはアリが体現する砂漠の現実から芽吹き始めた肯定的な可能性から目を逸らし続けていた。果たしてダマスカス制圧後、アラブ統一国家を目指し「ここに残って政治の勉強をする」というアリに対してロレンスは「政治などきたない」と返すのであった。
砂漠の現実を生きるアリにとって砂漠とはいつか豊かな水と緑を回復すべき「内部」であった。しかし砂漠に幻想を求めたロレンスにとって砂漠とは徹頭徹尾「Nothing is written」という信念を実践するための「外部」でしかなかった。それゆえに彼の中で「Nothing is written」という信念が挫折した時、その幻想としての「外部」もまた、失墜することになるのであった。