織子と隆志の結婚生活は初めから破綻していた。というのも、証券会社社長の隆志が織子の美貌を対外的に利用するため妻に迎えただけだからである。隆志は愛人を持ち、週に一度、鎌倉の自宅に戻ってくるにすぎなかった。夫の妹悠子と二人暮しの織子は、五月のある日、円光寺の歌会で彫刻家能登に会った。能登は今は亡き織子の母繁子の情人だった男である。以前は憎んでいた能登にあっても、織子はなぜか懐かしさを感じただけだった。ある日、悠子の開いたパーティの終りに、海辺にドライブした織子は、小屋で土工と情事を楽しむ悠子の姿を見て、激しい性への衝動を感じた。数日後、再び海辺の小屋を訪ねた織子は、その土工に身を任せた。だが性の満足とは逆に、母と同じ自堕落な女になるのではないかという不安が織子を苦しめた。織子は能登を訪ねた。織子の告白に対して能登は、織子は隆志と別れた方が身のためだと忠告した。その後、度々能登と織子は会ったが、二人は決して肉体関係に入ろうとはしなかった。それは、純粋な愛を芽ばえさせ、育てようとする二人の祈りのようなものだった。しかし二人の間に気づいた隆志は、織子に離婚はしないと告げた。二人を苦しめようというのである。その隆志も、織子が身を任せたのは能登ではなく、名も如らない土工だと知ると、誇りを傷つけられ、離婚を承諾した。その頃、能登は自作の巨大な彫刻の下敷になって重傷を負った。下半身麻痺で不能になるかも知れないという。織子はしかし、たとえ不能になっても、愛のない結婚よりは、たとえ不能でも能登との生活が、自分には幸せなのだと堅く信じていた。