ずっと見られずにきていたこの作品。今回、お気に入りの劇場で、しかも片渕須直監督のトークイベント付き観賞という、まさに至福の機会を得た。監督の話でまず驚いたのが、「ようやく公開をして1ヶ月たらずでコロナの影響を受けてしまい劇場で見ていただいた方が少ない」という。配信で見た人の方が多いけれどスクリーンで見てもらうために作られている。「今後も是非劇場で!」とのことだった。
見た第一印象は、前作『この世界の片隅に』とはまた違った世界観で製作されており、全く別作品のように思えた。本作では、遊郭で働く白木リンとのエピソードを追加することで周作、リン、すずの関係性そのものを際立たせた。結果、おっとりしていた印象の主人公、すずの内面は実はそうとばかりはいえない、彼女の繊細さ、ふつうさなど多面性を浮き彫りにしている。これはまさに戦時下の恋愛映画である。逆に前作には多くの人たちに受け入れられやすい戦時中の庶民を扱った大衆映画としての素晴らしさがある。
歴史考証の深さ、確かさには相変わらず唸らされる。フロアと監督とのQ&Aで「この時代に女性が絵を描く自由はあったのか?」という質問に対して、監督は先ず、すずさんとほぼ同時代を生きたはずの長谷川町子さんの名を挙げて「当時から新聞連載し、後に名を上げた人もいたこと」を示す。次に市井の人たちの書いた文章にも漫画家顔負けのイラストが添えられている文献もあるといい、庶民でも生活の中で多様な才能を持ち、控えめながら発揮できた人はいたという。
追加されたエピソードは多々あるが長尺の苦痛は全く感じられない。こうの史代さんの原作漫画に忠実になっているにすぎない。もう一つの驚きは原作のエピソードをより多く取り込むために、前作と12話からなるテレビアニメを組み合わせる構想と今回のように2作にする構想があったという。結果的に後者でいくことにまとまった。つまりは『この世界の片隅に』が企画された段階で『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の製作も決定していたといえる。映画の様に撮っておいてカットしたものを復活させるのと異なり、アニメだから加える部分を新たに製作し、編集し直したのである。そこまで聞かされればこれはもう別作品という他ないだろう。