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モアナがすべての海を繋ぎ、そしてまだ見ぬ人々を探し、航海に出る壮大なストーリー。結果、すべてを成し遂げて、故郷にもどる。全方位から船でモアナに会いにくる各島の村人たち。この姿形が私たちの世界にもあってほしいと、ファンタジーとアニメーションの力で思い知らされた。先祖を敬い、自然と共存する人たちは音楽と踊りで団結する。現代社会はそこからどんどん遠ざかっている。だからこそ、ディズニーが作り出す、この小さくて、でも愛に溢れた勇敢な女性像が必要なのだ。
エキセントリックすぎて、頭と心が追いつかなかった。幻想的なムードが高まって、少しやりすぎ感が出てしまってたころに (1時間過ぎたくらい) 、恋に落ちた二人がそのエモーショナルを自覚し始めてからは、急に面白くなってきた。日本語のナレーションとあらゆる類の音楽が相まってドラマチックさを主人公に突きつける。「お前はバカだ。」この映画は近づき過ぎず、俯瞰してみるのが自分にとって正解のようだ。動物の描写を解明はできなかったが、確かに心に獣の爪痕を残した作品だった。
フィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキが自ら地元のカルッキラの工場の跡地を改装し、夢のような映画館を設立するまでの記録。次第に形になるにつれて、地域の文化・芸術に対する意識も同時に再構築されていく様子が描かれる。まるで映画制作そのもののように、プロジェクト自体が地元の人にとっての大きな物語になる。まるで、映画の登場人物のようにユニークな人々は自分たちがただの観客でなく、新たな文化の誕生に関わる当事者であると気づく。本作を観て、改めて映画館を失ってはいけないと強く思い直した。
ドラマ的演出でプロットもありきたり。主人公の女性は恋人からのプロポーズに躊躇う。生き別れになっていた実父の死。隠されていた姉弟。人物描写が表面的で、展開が引き延ばされすぎていて、苦しい。自国の社会のひずみにスポットを当てるならば、これだけの重要なテーマを綺麗に収めてはいけないと思う。フレームに動きを加えるためだけにカメラがズームされている箇所が多くあったのも残念。完璧にすることを意識せず、作家性を探すところからトライしてみたほうが良かったのでは。
偉大な先人が生涯かけても達成できなかった危険な旅に、軽々しく友人たちを巻きこむところで「おいおい」となったが、ことの重大さをその後主人公にきっちり学ばせ、そのうえで物語をしっかり本筋に戻す安心設計。「お姫様(族長の娘)でないと主人公になれないのか?」という限界はあるけれど、このエンパワメント具合はやはり素晴らしい。マウイ(CV:ロック様)が、容貌と関係なく二枚目に見えてくるキャラ描写もさすが。動くタトゥーのミニ・マウイも、ココナッツの海賊も、可愛くてかっこいい。
動物園から動物が放たれると同時に、登場人物のなかの野生が目覚め、獰猛さは街全体へと感染していく。そのさまを描く本作は、こんな放埓な映画を撮ってみたいと多くの者が夢見てきたに違いない作品だが、それを成就できる人間はほとんどいないし、ましてや、こんなにやりたい放題やっておきながら作品として成立させられるのは、かなりの才能のなせる業だろう。作品評価とは関係ないが、ドイツ語とフランス語、英語(そして日本語)のあいだを自在に行き来する言語空間も、分析したくなる興味深さ。
地方に移り住んだ映画監督が住民と活動を始めることで、その地の映画文化が豊かになる例は各国にあるけれど、本作で描かれているのもそのひとつだろうか。とはいえここには、カウリスマキを受け入れる文化的土壌があらかじめあったようにも見える。さびれて停滞した田舎町を想像してはいけない。若い女性や子どもの姿も多く見られ、新しいものが生まれそうな空気が充満している。それにしても、誰も彼もが「アキ」の名を、なんと楽しそうに口にすることか。カウリスマキ自身の変わらぬ仏頂面も最高。
演技のつけ方も話の運び方も、ところどころのカットつなぎも、もっさりした感じがしてどうにもなじめず、ついには作品のメインの主張を登場人物がそのまま口に出してしまうのでいよいよ頭を抱えてしまったのだが、風光明媚な地方都市をとらえた超ロングショットと、この土地特有の風習や儀式の描写が、作品の大きな魅力であるのは間違いない。また、これほど女子が歓迎されない社会にあって、女の子をふたりも引き取った主人公の養父はどんな人だったのか、それを思うと心を揺さぶられるものがある。
ポリネシアの神話を基にしたディズニー・アニメ「モアナと伝説の海」の続篇。少女モアナが島の未来をかけた冒険の旅に出る。お供を連れて困難に立ち向かうという冒険譚の元型(アーキタイプ)をディズニーらしいミュージカル込みのジェットコースター・ムーヴィーに仕上げているが、悶絶しそうなほど話が陳腐で、映像がひたすら乱高下する構成のため、三半規管が狂いそうになる。子供向けのアトラクションに深い物語やメタファーなんかいらないと開き直った製作態度が腹立たしい。
スイスのチューリッヒを舞台にした三角関係を描いた青春映画。17歳の子持ちの少年が破天荒な男とその魅力的な恋人と知り合い、彼女に情熱的に恋をする。刹那な三人と暴動状態の街、動物園から逃げ出す野生動物たちと映画は常に一触即発なスリルを持って、若者たちの「俺たちに明日はない」状態を躍動的に描く。三人の男女がとにかく魅力的でゴダール初期作のよう。カメラと編集は極めてモダンで美学的。ただし日本文化を愛する監督が意図的に付けた日本語の格言めいたナレーションはいらないかと。
カウリスマキがフィンランドの地元に作った映画館を巡るドキュメンタリー。彼自身も工事に取り組む様子やカウリスマキ組の俳優たち、ジム・ジャームッシュなども登場し、各々がカウリスマキさらには映画への思いを語る。本作はカウリスマキ監督作ではないが、独特のオフビートなムードは共通。さまざまな言語が飛び交い、日本語による古びたムード歌謡な曲が流れ、地球の辺境で資本主義から降りた人々の映画を巡る交流を慈しむように描く。スペクタクルとは対極の、オフであることの豊かさに魅了される。
風光明媚な中国の海辺の街を舞台に、養子に出された女性が生家の家族と過ごす数日間のドラマ。大都市に生きる主人公と地方都市の対比、世代の対比などを織り込みながら、現在の中国的家族像を描く。話に大きなドラマ性があるわけではないので、映像力やモダンなセンスなどが問われる内容なのだが、デジタルカメラによるのっぺりとした映像と工夫のない展開で、あえて劇映画にする意図が見えず。撮影は中国で、仕上げ作業は日本でという中日共同作品だが、共同作業の利点が反映されていない。