神代辰巳

|Tatsumi Kumashiro| (監督/脚本)

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

本名
出身地 佐賀県佐賀市水ヶ江町
生年月日 1927/04/24
没年月日 1995/02/24

略歴▼ もっと見る▲ 閉じる

【性を通して人間を描き、日本映画の歴史を変えた鬼才】佐賀県佐賀市の薬種問屋の長男。早くから文学に親しむ。1945年、学徒兵入隊を避けるため九州帝国大学付属医学専門部に進むが間もなく終戦。46年、肋膜炎にかかり半年の病床生活を送る。小説家を志して47年に旧制早稲田大学第二高等学院に入学し、新制切り替えで早大文学部英文科生となる。卒業後の53年、松竹京都撮影所に入る。55年に日活へ移籍。松竹京都のスター女優・島崎雪子と結婚し、話題の助監督となる(以後、離婚と再婚を繰り返す)。主に斎藤武市監督「渡り鳥」シリーズなどのチーフを務める。68年、「かぶりつき人生」でデビューするも興行は惨敗で次回作の話は来ず、テレビ・ドラマの演出をする。71年、日活がロマン・ポルノ路線を開始。多くの同僚が会社を離れるが、逡巡しつつ留まる。しかし低予算の制約内なら自主企画を認められることは魅力的で、これをチャンスとして4年振りの第2作「濡れた唇」を撮る。性の営みを人間の根本と捉える考え、軍事教練の教官に殴られる日々に芽生えた権力への反撥など、蓄積されたものを一気に覚醒し、続けて撮った「一条さゆり・濡れた欲情」(72)は大ヒット、キネマ旬報ベスト・テンにも選ばれて大きな注目を集める。どこか乾いた眼差しで長回しを続けながら、やがて俳優の肉体の実感をフィルムに輝かせるのが演出の特色。73年には「恋人たちは濡れた」「四畳半襖の裏張り」など4本を発表。大手が次々と製作縮小する中、田中登、小沼勝らとともに目覚ましい活躍を見せる。成人映画の世界が、撮影所システムの伝統と新しい表現の実験精神が出会う理想の場たり得ると証明し、日本映画のその後の歴史を大きく変える。【メジャーとなってもエロスの世界を追求】74年、東宝のプロデューサーに招かれて初の他社作品「青春の蹉跌」を撮る。主演の萩原健一とは深く信頼しあう関係になり、同年にテレビ・ドラマ『傷だらけの天使』の2話分、翌75年には「アフリカの光」を演出。以降も他社作品を手掛けながら、ロマンポルノのエースとして「赫い髪の女」(79)、「嗚呼!おんなたち・猥歌」(81)など傑出した作品を送り出す。80年代に入って病気で倒れるが、再び萩原と組んで「もどり川」(83)、「恋文」(85)、「離婚しない女」(86)と連城三紀彦原作の3本を監督。大人の恋愛映画として好評を博す。88年に一般映画に復帰したにっかつの新ブランド〈ロッポニカ〉の第一弾「嚙む女」以後、肺気腫を患って入退院を繰り返し空白期間が続くが、酸素ボンベに車椅子で現場に臨む執念を見せ、「棒の哀しみ」(94)を撮る。95年2月、OV作品『インモラル・淫らな関係』リリース前に急性肺炎で死去。

キネマ旬報の記事▼ もっと見る▲ 閉じる

2015年8月上旬号

コレをみせたい:第4回 神代辰巳監督作を初めて見る楽しみ

1997年10月上旬秋の特別号

特集 神代辰巳レトロスペクティヴ:海外での神代辰巳評価

特集 神代辰巳レトロスペクティヴ:神代辰巳論

1997年1月上旬新年特別号

HOT SHOTS:リミニの神代辰巳特集

1996年4月下旬号

特別企画 第25回ロッテルダム国際映画祭:総括&神代辰巳監督特集

1995年4月下旬号

特別企画 さようなら神代辰巳さん:追悼座談会 蔵原惟繕×藤田敏八×白鳥あかね×鴨田好史

特別企画 さようなら神代辰巳さん:神代辰巳論

特別企画 さようなら神代辰巳さん:佐賀とパリの神代辰巳

1992年9月上旬号

巻頭企画 にっかつ創立80周年記念特集:スター・スタッフが語るわが青春の日活映画 吉永小百合・渡哲也・浅丘ルリ子・宍戸錠・フランキー堺・南田洋子・和泉雅子・三國連太郎・宮下順子・水の江滝子・マキノ雅弘・蔵原惟繕・舛田利雄・今村昌平・長谷部安春・神代辰巳・高村倉太郎・姫田真佐久

1991年3月下旬号

日本の映画監督:5 神代辰巳

1988年7月上旬号

ロマン・ポルノからロッポニカへ:神代辰巳 インタビュー

1987年5月下旬号

フロント・ページ:

1985年9月上旬号

特集 恋文 神代辰巳監督作品:対談 神代辰巳vsおすぎ

1985年4月下旬号

ティ―チ・イン 宮下順子、もうひとつの映画 :神代辰巳・三浦朗・宮下順子

1984年5月上旬号

特別インタビュー:神代辰巳

1983年5月上旬号

「もどり川」の神代辰巳&萩原健一インタビュー:

1982年10月下旬号

特集 赤い帽子の女 神代辰巳監督作品:作品批評

1981年11月上旬号

「嗚呼!おんなたち・猥歌」座談会:神代辰巳×内田裕也×田中千世子(司会)

1979年10月下旬号

作家たちは今:第5回「遠い明日」の神代辰巳

1979年6月上旬号

特集 「地獄」:1 “地獄”より恐ろしさと親しみをこめて

1977年7月上旬夏の特別号

特別鼎談:ワイセツ裁判の新たなる地平を拓くために 林宗宏×神代辰巳×斎藤正治

1977年4月下旬号

フロントページ:

1977年2月上旬号

〈座談会〉 神代辰巳×田中登×加藤彰×山本晋也×結城良煕:日活ロマン・ポルノ 六年目の新たな胎動をさぐる

1976年11月上旬号

随想 :

1975年7月下旬号

〈座談会〉 「ディープ・スロート」とはいかなる映画なのかをめぐるディスカッション:石川弘義×金坂健二×神代辰巳×山下愉一×黒井和男×白井佳夫

1975年6月下旬号

グラビア:神代辰巳監督 「アフリカの光」

〈座談会〉 「アフリカの光」とは漂泊の若者のギラギラと光る夢の象徴だ:丸山健二×神代辰巳×萩原健一×姫田真左久×岡田裕

1975年4月上旬春の特別号

グラビア:神代辰巳監督 「櫛の火」

1974年10月上旬号

グラビア:神代辰巳監督 「赤線玉の井・ぬけられます」

1974年5月下旬号

グラビア:神代辰巳監督の「鍵」

顔と言葉:

シナリオ:鍵

1973年11月上旬号

グラビア:神代辰巳監督 「四畳半襖の裏張り」

1973年5月下旬号

グラビア:神代辰巳の最新作/女地獄・森は濡れた

プロフェッショナル:神代辰巳

1973年3月上旬号

グラビア:神代辰巳/恋人たちは濡れた

顔と言葉:

シナリオ:恋人たちは濡れた

1973年2月上旬決算特別号

ベスト・テン発表特別グラビア:脚本賞 神代辰巳

1972年10月下旬号

特別グラビア:濡れた欲情/神代辰巳

顔と言葉:

1967年6月下旬号

日活新人特集:かぶりつき人生

フィルモグラフィー