本作は前半はサスペンスの趣を見せるが、検察事務官のデータを駆使した捜査から主人公(=真犯人)が割り出され、犯行時刻前後の街頭カメラに録画されたことから偽証で容疑者として検事であるヒロインの尋問がメインとなる。
主人公は要介護者を殺害することが本人と家族を救うことになるという信念があり、検事の主人公に対する身勝手な殺人は自己本位な発想によるもので容認できないという対立からそれぞれの置かれた状況の違いに起因する背景が浮き彫りになっていく。
状況の違いこそ格差社会の断層であり、主人公曰く穴に落ちた者は抜け出ることのできない生き地獄となることを身も持って体験し、そこから抜け出たいと思う者を救うと考える。
彼の信念には聖書「人からしてほしいことを人にしてあげなさい」という言葉の曲解に裏打ちされている。
本作でも異なる犠牲者の家族の心情があることから、彼の独断的な信念が誤っていることを証明するが、結果的に緊急避難的に主人公の行為を単純に非難できない事実も重い。
主人公が父子家庭で育てられた父が脳卒中で倒れ要介護者となり、介護していく中で制度的な無力さを描き、まだら認知症になった父の頼みで殺害する無残さを描いてほしかった。
ただここでの父役の柄本明と息子役の松山ケンイチの熱演は感涙モノだった。
一方でヒロインの母が離婚し生命保険のセールスレデイをしながら、娘を育て自ら子に迷惑とならないように貯金し老健施設でまだら痴呆症となりながらも娘と面会するシーンは主人公の父子との対比で辛くも教訓となる。
更に冒頭のヒロインが現場に立ち会った孤独死した男が20年前に別れた父親だったエピソードは主人公の父子関係の濃い関係性とは対照的に忌避した親子関係の悲しさを感じさせるものだった。