4K版で上映される今回のバージョンは封切り当時の劇場公開版。いまやディレクターズ・カット版の方が出回っているから、この最初に観た版での上映は嬉しい。午前十時の映画祭はどっちのバージョンだったかな?これは残念なことに見逃した。
ディレクターズ・カットとは言ってもロバート・クローズ監督の意図によるものではなく、ブルース・リーの意図によるものである。高層との語りがあり、クライマックスで鏡の間で苦戦するリーが神の啓示みたいに高層の声を聴く。この3分くらいのものが加えられたのがディレクターズ・カット版だ。わずかばかりではあるが、リーが映画に刻みたいことが判る。彼の思想を伺うことができる。だけどこの格闘技の哲学はよくわからん。
ブルース・リーは「ドラゴン危機一発」(危機一髪の誤字にあらず。この邦題なのだ)「ドラゴン怒りの鉄拳」で組んだロー・ウェイとの対立し、次回作では自分自身が監督も務めた。自分の想いを作品に込めるのなら、自分で監督しなくちゃあな、と思ったんだろう。「ドラゴンへの道」を監督して「燃えよドラゴン」の出演オファーが来たために、「死亡遊戯」の撮影を中断したが、この作品も自ら監督をしている。
「燃えよドラゴン」は念願のハリウッド映画の主演作、このチャンスが訪れたら監督も自分がしたかったはず。でも、アメリカでも香港映画の主演作は上映されていたが、これはアメリカにいるチャイニーズ系の間での人気で、その人気もマイナーだ。ブルース・リーが演出もしたいと言っても聞き入れないだろう。しかし、ロバート・クローズ監督は格闘技に関しては素人だし、そこでアクション場面の演出はこっちで、ということなんだろうね。
メイキングを見ているとブルース・リーがアクション場面での演出でエラソーにしているけど、ここで自分を想いを込められるということで嬉しかったんじゃないだろうか。初公開版でも弟子に「考えるな、感じるんだ」というセリフがあるけどこれもリーの意見を取り入れたんだろう。アクション場面の演出を担当してはいるものの、こういった部分でもリーの考えをいくつかは製作者側は聞き入れたと思う。
高僧との会話の場面はブルース・リーが演出したと言うし、アメリカや日本で公開したものにはなかったが、香港公開版には入れたという。
というわけで、この映画はブルース・リーの格闘技に対する想いを込めた、それがハリウッド映画なので世界中で公開されたということでブルース・リーの人気は世界的になったのだ。なにしろ香港の主演作は日本では上映されていないから、私はこの映画を初めて観たとき、ブルース・リーのことには無知だ。だからリーの事を知りたくて「スクリーン」や「ロードショー」を買って、ブルース・リーの記事を読んだ。そうしているうちに雑誌で紹介された封切り作品紹介を見て、これ面白そうだ、と映画館に行くうちに映画依存症になった。