かなり久しぶりの鑑賞だったが、やはり歌やダンスの技術はスピルバーグ監督のリメイクの方が洗練されている。
が、時代の空気感に合っているのは完全にこちらのオリジナルの方だ。
そして圧倒的にマリア役のナタリー・ウッド、ベルナルド役のジョージ・チャキリスを筆頭に、演じる俳優の個性もこちらの方が際立っている。
とはいえ、スピルバーグ版の素晴らしさも改めて感じられたので、個人的にはどちらも甲乙つけがたい。
冒頭のスラム街の俯瞰したショットからのジェッツとシャークスの抗争シーンは、ダンスとの見事な融合もありとても印象に残る。
本当にバーンスタインが生み出すこの作品のナンバーはどれも名曲ぞろいだ。
その中でも今回の鑑賞で一番印象に残ったのが、リフを失ったジェッツが何とか復讐心を抑えようとする『クール』のナンバーだ。
ジェッツもシャークスもどちらも街の厄介者扱いされているが、お互いを憎み合うことでしか彼らは生きる事が出来ない。
言葉ではクールにと唱えながらも、内から沸き起こる衝動を抑えきれない彼らの姿にとても心を打たれた。
何故、そこまで憎しみを募らせてしまうのか。
おそらく彼らにもその本当の理由は分かっていないのだろう。
憎しみという感情を増大させれば、その後に待ち受けているのは悲劇だけである。
そして彼らは悲劇が起こるまで、自分たちの過ちに気づくことが出来ない。
まるで何か大きな力に支配されてしまったかのように。
この映画を観終わった後に、果たして誰にこの悲劇の責任があったのだろうと考えさせられた。
憎み合うジェッツとシャークスだけではない。
正義感面して彼らを抑圧する警察官、そして彼らを厄介者扱いする住民たち。
これは社会全体が起こした悲劇だとも言える。
「どうしてお前達は争いばかり起こす?このままではすべてが壊れてしまう」と嘆くドクに対して、冷ややかに「もう壊れているさ」と呟くジェッツのメンバーの言葉が刺さった。
そんな憎しみだらけの世界で純粋にお互いを愛し合うトニーとマリア。
明らかに二人の世界だけが浮いて見えるのが、これが本物の愛であることを証明しているようでもあった。
確かにアニタの「目的を達成したらトニーは貴方を捨てるわ」というマリアへの説得も正しいのかもしれない。
トニーもマリアもお互いのことをまだ何も知らないのだから。
でも愛に正しいも、間違いもないのかもしれないとも思う。
たとえそれが破滅に終わったとしても。
とても悲しい物語ではあるが、何か大事なものを深く考えさせられる作品でもある。
そして改めてこの作品のベースとなった『ロミオとジュリエット』を生んだシェイクスピアの偉大さも思い知らされた。