FBIの女性訓練生クラリス・スターリングが、猟奇的な殺人の罪で服役中の精神科医ハンニバル・レクター博士から示唆を受けて、連続殺人犯を逮捕する。
本作品の監督ジョナサン・デミは“B級映画の帝王”ことロジャー・コーマン監督/製作者の会社が配給する作品で監督デビューした。コーマンの自伝にデミの証言が出ている。初めて監督するデミにコーマンはつぎつぎに監督のルールを話した。
「カメラを動かすときには、説得力のある根拠を持って動かせ。ただし常にカメラを動かすことを考え、その根拠を探せ。」※
「悪役を主人公とおなじくらい魅力的にしたてろ。一面性しかない悪者より、性格が複雑で心ひかれる悪者のほうがずっとこわい。」※
などなど。
本作品を見ると、このコーマンの教えがほとんどそのままといってよいほど生きている。
冒頭、山中の訓練コースを黙々と走るFBI訓練生クラリスを追うカメラは滑らかだが不安定に漂い、これから始まる物語への不安感を招く。
何年も閉ざされた倉庫で、証拠を発見するクラリスの視線を追うカメラ、隠された場所にある証拠がここにいるぞとばかりに待っているようなカメラは緊張感を嫌でも高める。
“魅力的な悪役”は言うまでもない。ハンニバル・レクター博士はのちにAFI(アメリカン・フィルム・インスティテュート:映画製作者の教育と映画の歴史的遺産の顕彰を目的とした非営利団体)の選出した悪役ベスト50で第1位になった。※2
デミ監督はまた、コーマンについてこうも言って感謝の気持ちを表している。
「彼に与えられたチャンスがきっかけで、映画界の仕事ができるようになった人間が大勢います。映画に関するあらゆる分野で、ロジャーはまさしく巨人です。彼の映画への貢献には畏敬の念を感じます」※
その感謝は、本作品でコーマンをFBI訓練校の校長に配役したことにも表れている。
<注>
※いずれも下記からの引用です。
「私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか」
(ロジャー・コーマン/ジム・ジェローム著 石上三登志、菅野彰子 訳 ハヤカワノンフィクション文庫 2025年 日本語訳の親本は1995年、早川書房から出版)
※2 AFI's 100 YEARS...100 HEROES & VILLAINS
https://www.afi.com/afis-100-years-100-heroes-villians/
ちなみに、本作品のクラリス・スターリング訓練生がヒーロー部門で6位に選出されています。