せっかくのオスカー作品賞が有名スターの顔出しでがっかり
ネタバレ
奴隷制といえば、アフリカ大陸から大きな船に乗せられて大西洋を越えてやって来た黒人たちという、実に安易なイメージしか浮かばなかった私にはとても衝撃的な話でした。
このお話の主人公、と言っても本作は事実に基づいているのですが、その主人公ソロモンは、NYで普通の生活を営む妻も子もある一家の主ですが、ビジネスがらみの詐欺に会い、奴隷として売り飛ばされてしまうのです。若い娘じゃあるまいし、そんなことがあるのか?と思うのですが、甘い、甘い。これは実際に行われた立派な拉致なんですね。
奴隷制度については知識では分かっていても、奴隷として扱われた当時の人々の気持ちなど、所詮平和ボケした私の脳内では想像の限界を超えています。本作を見ているとき、私としてはせめて、こうした困難に会ったとき、人はどう振る舞えばいいのかという気持ちで見ることしかできませんでした。けれど、これは現実にあった話ですから、冒険小説のように主人公は戦って危機を脱することもできないし、彼を助けるヒーローも登場しません。彼の出来ることはただ一つ、生き延びること。すなわち再び家族の元に戻るまで辛抱することです。そのためには到底許すことの出来ないこの現実を受け入れる、というか目の前にある状況に適応してゆくしかありません。これは動物であれ人間であれ、命を持つ者の本能ではないかと思いました。
本作を見てつくづく恐ろしいと思うのは、生き延びようとする本能が次第に隷属という形に姿を変えてゆくことです。家畜以下の扱いを受け続ける奴隷たちは、次第に人間らしい気持ちを失ってゆきます。目の前にある現実に何とか対処しようと考えたソロモンは、最初、与えられた仕事を一生懸命こなし効率化のために様々な提言をして主人に認めてもらおうとするのですが、それを快く思わない主人の使用人によって半殺しの目に遭います。周囲の者たちは奴隷たちを含めて誰も彼を助けようとはしませんでした。
半生半死の状態で何時間も木に吊るされた彼の周りでは、奴隷の子供たちが遊びまわり、主人の妻も遠くから彼を眺めるだけです。それはまるで、弱ったインパラが目の前でライオンに襲われても、群れの仲間たちは何事もなく草を食んでいるアフリカ草原の光景に良く似ています。襲われた一匹のお陰で、今このひと時だけでも、自分たちの身の安全に安堵しているような感覚です。奴隷に対し、比較的優しい気持ちを持ち合わせていた彼の最初の主人に、ソロモンは自分は自由黒人であることを打ち明けるのですが、主人はそのことを二度と口に出してはいけないと忠告します。そのことが奴隷となった彼にとって、裏目に出るというのです。
トラブルを抱えたソロモンをこれ以上庇い切れなくなった主人は、彼を手放すことを決断します。二度目の主人は奴隷に対し冷酷な仕打ちをすることで悪評高く、ソロモンの苦難はますます深く厳しいものとなります。様々な努力や挑戦は全て裏切られるなか、彼は自我というものを完全に隠し去り、次第に群れの中で息を殺して生き延びようとするインパラになってゆきます。終盤、彼が大切にしていたバイオリンを自らの手で壊してしまうシーンが痛ましいです。
さて、奴隷となって12年目、ある日彼に思わぬ出来事が起きます。本作は解放されたソロモン自身が実際の体験を本にまとめたものを描いているわけですから、結末は自明ですし、解放のきっかけも事実なのでしょう。ただ、有名スターが突然登場し、重要な役回りをするところに大変な違和感を感じました。普段から人道的な活動に労を惜しまない彼の評判は良く耳にしますし、プロジューサーとしての才能も確かに素晴らしいですが、だからこそ、本作では顔を出して欲しくなかったです。日常の平穏な生活にどっぷり浸かる極楽とんぼの私ですら、奴隷制度はそんな単純な話ではないということは分かります。スターの登場によって、たった一人の人道的な行為が主人公を救った、そんな印象が強く残ったオチとなってしまったのが残念です。
(2014/03/14 記)