元元は「血煙高田の馬場」として1937年に製作・公開されたものを、戦後の1952年に「決闘高田の馬場」と改題し再公開したものです。その際にオリジナルが57分だつたのを51分に短縮してをります。中途半端な短縮ですね。監督はマキノ正博。同時に片岡千恵蔵主演の「自来也」も公開してゐて、早撮り監督と思はれるのを心配して、稲垣浩の名を借りたさうです。故に稲垣浩は名前だけ。
原作・脚色の牧陶三とは、マキノ監督のペンネーム。史実に基づく物語なのに、「原作」を名乗つて良いんですかね。音楽は高橋半であります。
江戸・八丁堀で長屋暮しをしてゐる浪人者・中山安兵衛(阪東妻三郎)は、呑兵衛で喧嘩が大好きの暴れ者ですが、その気風の良さから長屋では先生と呼ばれてゐます。喧嘩の仲裁をしたかと思へば、夫婦喧嘩も解決し、偉さうに説教までしてゐます。ところが其処へ現れたのが、安兵衛が唯一頭が上らぬ人物・叔父の菅野六郎左衛門(香川良介)で、普段の生活態度に関して説教されてしまふ。これも叔父一人甥一人で他に身寄りがない関係だからこそ心配しての事。
サテ菅野は恒例の御前試合で、若いライヷル村上庄左衛門(尾上華丈)に勝利しますが、村上は逆恨みから果し合ひを申し込みます。場所は高田の馬場。菅野はこの件を安兵衛に知らせに行きますが、安兵衛は飲んだくれてまだ長屋に帰つてゐません。帰宅を待つ菅野でしたが、果し合ひの時間が迫り、書置きを長屋の住人に託して出かけるのです。その眼には涙が光つてゐました。
菅野と入れ違ふやうに漸く帰つて来た安兵衛は、書置きを渡されますが「どうせ説教だ」と寝てしまふ。長屋の住人たちがせかし、渋渋読み始めます。すると事の重大さに気付いた安兵衛、決戦場の高田の馬場へ走り出す!
元禄七年に起きた「高田馬場の決闘」(映画では「高田の馬場」で「の」が入る)。お馴染みの決戦をバンツマ×マキノの黄金コムビで映画化しました。日活の惹句(?)は「巨星・阪妻が待望の堀部安兵衛!砂塵を蹴って宙を飛ぶ血戰・高田の馬場に展開する一世一代の剣陣一瞬十八人斬の壮絶!」。
兎に角バンツマの中山安兵衛(後の堀部安兵衛、忠臣蔵の四十七士の一人としても有名)が素晴らしい。向ふところ敵なしの豪快なキャラクタアながら、香川良介の叔父には頭が上らないと云ふのがポイント。説教された後、叔父のセリフを一字一句繰り返すところなんかは可愛いではありませんか。
その叔父の書置きを読む前と読んだ直後の変貌ぶりも注目。まさに「スイッチが入つた」状態になり、八丁堀から高田の馬場まで全速力で駈け出す高揚感! 走る走る! 長屋の連中も幟を掲げて安兵衛を追つて走る!
漸く辿り着いた現場では、既に叔父は傷ついてゐます。卑怯なる村上庄左衛門は、予想通り助太刀を多数手配してゐたのです。相手の頭数を勘定し、十八人だなと確認してから戦闘開始! ここからバンツマの独り舞台、リヅムに乗つて踊るやうに小気味よく相手を斬りまくります。マキノ監督がこの動きに取り入れたのは、何とジャズダンス。成程現在の目で見ても眞に斬新な動きで、観てゐるだけでウキウキしてきます。
バンツマを取り巻く長屋の人々も魅力的。呑み仲間ゲンテキの団徳麿、講釈師の志村喬(名調子)、大工の熊公の市川百々之助、その女房で夫婦喧嘩ばかりしてゐる原駒子、「のり」売りのお勘婆さん・滝沢静子等等......
後に義父となる堀部弥兵衛(藤川三之祐)と、娘のお妙(大倉千代子)も忘れ難いですな。お妙が花婿探しに街へ出るなんて、さう云ふ行動は当時珍しくなかつたのでせうか。弥兵衛が偶々飲んだくれてゐる安兵衛を見かけ、「娘の選んだ男なら信用するが、あゝ云ふのだけはダメだ」みたいな事を呟いてゐたら、お妙が選んだのがまさに安兵衛だつたのは可笑しかつた。
安兵衛が出陣する際に、お妙が自らのしごき帯を提供するのが印象的でした。
一時間足らずの間に、面白い映画の要素を詰め込んだ傑作と存じます。チャンバラつてこんなに面白いんだ、と改めて思はせます。これをマキノ監督は僅か一週間で撮り上げてしまつたと云ふから驚きです。時間とカネをかけた割には凡作......と云ふのが山ほどある中、日本映画史上にキラリと光る一本ではないでせうか。