毒々しい夜のネオンの色彩に染まるニューヨーク、トム・スコットの気だるいサックス、そして街を徘徊する黄色いキャブ。この組み合わせだけで「映画」という虚構世界の魔力を存分に味わえる。特に夜のシーンは、観る者を夢うつつの世界へと引きずり込み、その雰囲気に浸っているだけで至福の時間となる。
一方、昼間のシーンは物語の進行上欠かせない要素ではあるものの、現実感が強調される分だけ、せっかくの幻想的な夜のムードを薄めてしまう印象もある。むしろ、ストーリーを既知としたものだけを対象にした「夜の場面」だけを繋ぎ合わせたバージョンがあれば、ストーリーを知っている観客にとってはさらに深い体験となるだろう。
また視点を変えると、この映画が映し出す1970年代の生活水準の断片も興味深い。主人公トラヴィスが語る週350ドルの収入は、現在の価値に換算すると約2000ドルに相当する。(*1) これは決して貧困ではなく、ある程度の生計を立てられる額だったことがうかがえる。そして彼が購入するマグナム銃の値段も350ドル。同じ金額で命を守る道具を手に入れられるのは、当時のヤミ市場のリアリティかもしれない。さらにアイリス(ジョディ・フォスター)の「お遊び代」が15分15ドル、現在の価値でおよそ85ドルという設定も、当時のニューヨークの過酷な裏社会を浮かび上がらせている。
『タクシードライバー』は、単なる社会派映画ではなく、夜の幻惑的な都市美学と1970年代の時代感覚が交錯する作品である。その両面を意識すると、より多層的な魅力が見えてくる。
*1 (参考:米労働統計局の消費者物価指数CPIを基に換算。1976年CPI 56.9 → 2025年想定CPI 約334)