バラバラになった家族の再生物語・・・だが・・・黒沢監督の提示する家族の在り方は、ある意味残酷だ。
線路沿いのマイホームで暮らす佐々木家は、ごくごく平凡な中流家庭。しかしそれぞれが秘密を抱えている。リストラにあった父親、アメリカの軍隊に入隊しようとしている長男、父親に反対されたピアノをこっそり習っている次男、孤独感を抱える母。厳格であるべき父親像を演じようとして空回りする父、理想論を掲げて家族から脱出する長男、ピアノに天才的才能がありながら理解を得られない次男、そして彼らの変化を気遣いながら見守るしかない母・・・。徐々に家族がバラバラになってゆく過程が哀しい。
本来なら「1つの事件」をきっかけにバラバラになった家族が絆を取り戻すのがセオリーだが、本作はそれぞれ「個々に起きる事件」によって、崩壊する家族をかろうじてつなぎとめる展開が衝撃的だった。米軍入隊後戦地に送られた長男のエピソードは描かれないのでそれを除き、次男は家出して無賃乗車のため留置場に入れられる(小学生なのに)。父は清掃の仕事中、大金の入った封筒を拾い、思わずネコババし逃走、その途中車にひき逃げされ、道端にゴミのように転がる。母は家に入った強盗に人質にされ、一緒に逃避行、最終的にその犯人に身体を許してしまう。同じ日に3人が、人生を変えるほどの大きな出来事に遭遇しているのに、3人がそれぞれのことを全く知らないという恐ろしさ!特に、父と母は、その日偶然顔を合わせているのだ。しかしお互いの事情を知らない2人は、顔を合わせたことによってさらなる悪いベクトルへと牽引されてしまう。夫は清掃員として働いていることと、ネコババしようとしていることを知られたくなくて、妻の顔を見るなり走り去ってしまう。その時妻は、人質にとられていて、夫に助けて貰いたかったに違いない。しかし全速力で走り去る夫の姿を見て彼女の中で、何かがキレた。彼女はその時良き母、良き妻であることの無意味さを痛感したのだ。
そうしてこの3人は翌日「家に帰って来る」。黙秘して釈放になった次男、強盗に置き去りにされた母、奇跡的に大きな怪我がなかった父は封筒を拾得物BOXに入れて・・・。
私が最も残酷だと感じたのは、その朝3人がそれぞれ何か異変があったことに気付きながら何も聞かずに普通に朝ごはんを食べるところ。それぞれがものすごい一夜を過ごしたのにそれを語り合えない家族の形・・・。あまりにも哀しすぎる現代家族の姿がここにある。この家族はお互いを理解しあって繋がったのではなく、それぞれ個人的に「何か」を得て繋がったのだ(戦地でボランティア活動を続けると決めた長男も含めて)。
それでもこの家族はある種の「再生」を果たす。ラストシーンで次男の弾くドビュッシー『月の光』。スローテンポの導入部分から徐々に高まる旋律は、彼の感情の爆発だ。その調べが美しく感動的であるだけに、今後のこの家族の幸福を願いたい。