クラッシュ(2004)

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クラッシュ(2004)

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レビューの数

83

平均評点

75.9(720人)

観たひと

1129

観たいひと

77

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 アメリカ
製作年 2004
公開年月日 2006/2/11
上映時間 112分
製作会社 ブラックフライアーズ・ブリッジ=ハリス・カンパニー=アポロプロスクリーンGmbH&Co.フィルムプロダクションKG=ブルズアイ・エンタテインメント
配給 ムービーアイ・エンタテインメント
レイティング
カラー カラー/シネスコ
アスペクト比 シネマ・スコープ(1:2.35)
上映フォーマット
メディアタイプ
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

ロサンゼルスを舞台に様々な人種の人々の衝突を描いた人間ドラマ。サンドラ・ブロック(「デンジャラス・ビューティー」)、ドン・チードル(「オーシャンズ12」)、マット・ディロン(「メリーに首ったけ)」を始め、いずれ劣らぬ個性的な俳優たちが出演、緻密な群像劇を支えている。監督は「ミリオンダラー・ベイビー」の製作・脚本を手がけた俊英ポール・ハギスで、この作品が監督デビューとなる。2005年度アカデミー作品賞、脚本賞、編集賞を受賞。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

クリスマス間近のロサンゼルス。黒人二人組・アンソニーとピーターは地方検事のリック夫妻の車を盗んだ。リックの妻・ジーン(サンドラ・ブロック)はそれ以来、人種差別的な態度を取り始める。白人警官のライアン(マット・ディロン)は、黒人のTVディレクター・キャメロン夫妻が乗った車を強制的に停め、権力を使って屈辱を味あわせた。妻・クリスティンはライアンを憎悪し、夫との間には溝が出来た。一方ライアンの相棒で若いハンセンはライアンに嫌悪感を覚えた。ペルシャ人の雑貨店主ファハドは、黒人ダニエルに鍵を直させるが、ドアごと変えないと駄目だと言われ口論になった。パトロール中のライアンが交通事故現場に駆けつけると、被害者はクリスティンだった。必死の努力で自分を助けようとするライアンに、クリスティンの態度も軟化した。別の場所で車がパトカーに停止させられる。乗っていたのはキャメロンだ。警察への憎悪に駆られたキャメロンはあわや射殺されそうになるが、それを助けたのは、ハンセンだった。ファハドは再び強盗の被害にあう。保険会社は、ドアを直さなかったファハドが悪く、保険金を払えないといった。ダニエルを逆恨みしたファハドは射殺しようとするが、間に入ったダニエルの娘を撃ってしまう。しかし娘は無事だった。ファハドの娘が拳銃に空砲を入れていたのだった。ピーターがヒッチハイクする。運転手はハンセンだ。ちょっとした会話の行き違いから、ハンセンはピーターを射殺してしまう。黒人刑事グラハム(ドン・チードル)が交通事故に巻き込まれた。偶然近くの現場で発見された死体に引き付けられるグラハム。それは探していた弟・ピーターだった。アンソニーが盗んだ車の荷台に大勢のアジア人が身を潜めていた。アンソニーはあわや売り飛ばされそうになる一同を助けてやり、街中に開放した。その横では今日も異なる人種の人々が車をクラッシュさせ、怒鳴りあっていた。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2007年3月上旬号

特別企画 第79回アカデミー賞大予想!?:DVDで感動再び! 第78回作品賞・脚本賞・編集賞受賞「クラッシュ」

2006年4月上旬号

劇場公開映画批評:クラッシュ

2006年2月上旬号

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2004年1月下旬新春特別号

日本映画紹介/外国映画紹介:Crash

2025/10/07

87点

VOD/Amazonプライム・ビデオ 
字幕


衝突とすれ違い、そして抱擁

ネタバレ

追突事故に始まり、追突事故に終わるロスアンゼルスが舞台の群像劇。
映画が始まってからすぐにこれは人種間のすれ違いや差別を描いた物語であることが分かる。

黒人刑事のグラハムと相棒のメキシコ人刑事のリア。
黒人の自動車の窃盗犯アンソニーとピーター。
メキシコ人の錠前屋ダニエル。
人種差別主義の白人警官ライアンとリベラルな白人の相棒トム。
黒人のテレビディレクターのキャメロンと黒人の妻クリスティン。
ペルシャ系の小売店主ファハドと娘のドリ。
そして白人の地方検事リックと白人の妻ジーン。
一見接点のなさそうな彼らの人生が見事に交錯する脚本が素晴らしい。

白人でも黒人でも黄色人種でも、また生まれた国が違っても、信仰する宗教が違っても同じ人間であることに変わりはない。
善人もいれば悪人もいる。
気の合う仲間もいれば、そうでない者もいる。
なのに人はどこかで境界を作ってしまう。
特に多数の人種が暮らすアメリカでは顕著なのだろう。
露骨な差別もあれば、意識することなく口に出てしまう差別発言もある。

特にライアンやジーンは意識的に差別発言を行う。
ジーンは外見だけで錠前屋のダニエルを判断し、翌日には別の業者に鍵を交換するようにリックに訴える。
彼女の家に出入りする家政婦のマリアもヒスパニック系だが、ジーンは明らかに彼女に軽蔑の目を向けている。
ライアンの差別はもっと根深い。
彼には病気を患っている父親がいる。
かつて父親は事業を興し、黒人にも白人と同じ賃金を払ってきた。
が、時代が変わりマイノリティの雇用が優遇されるようになると、父親の事業は傾き始めてしまう。
ライアンはその逆恨みから人種差別主義者になったのだといえる。

またリックの側近フラナガンのように、思わず黒人への軽蔑を示すような発言をしてしまう者もいる。
一方、リックのように全く人種の違いを気に留めない者もいる。
そしてキャメロンのように白人社会に迎合するような行動をする者もいる。
それぞれの思惑、立場があるから当然なのだが、人によって自分と異なる者への理解の仕方が違うから様々な衝突が起こるのだ。
特に一番大きいのは未知なる者への恐怖心だ。
この恐怖心が差別を生む根底にあると思う。

これは人種差別をテーマにした映画だが、人間の二面性を描いた作品だともいえる。
人間の二面性は本人の意識とは別に、環境やその時の状況によっても現れるものだと思う。
ライアンはキャメロンとクリスティンを路上で取り調べした際に、かなり威圧的な態度を取る。
そこには彼の個人的な黒人への怒りがあり、彼はクリスティンの身体を執拗な程に撫で回す。
その姿は醜悪だ。
が、クリスティンが横転事故を起こした際には、命がけで彼女を助け出そうとする。
その姿もまた同じライアンなのだ。
彼は人種差別主義者ではあるが、それ以上に警官としての職務に忠実な男でもあるのだ。

対照的に描かれるライアンに対して嫌悪感を抱くトムは、正義感に溢れた好青年だ。
彼は自棄っぱちになり暴走するキャメロンを必死で説得する。
この街では黒人が警官に挑発すると簡単に発砲されてしまう。
そんな恐ろしさを感じさせるシーンだ。
トムの説得によりキャメロンは引き下がる。
その後トムは、キャメロンを襲撃し車を奪おうとしていたピーターを車に乗せることになる。
ピーターの姿から何となく犯罪の匂いを嗅ぎ取ったトムは、車内でのちょっとした諍いから彼に発砲してしまう。
ピーターが銃を持っているというのは、完全にトムの錯覚だった。
トムは表向きは黒人に理解のある良識人を装っているが、本当は黒人は危険な存在だと心では思っている。
その恐怖心から早まった行動をしてしまったのだ。
その後トムはピーターの死体を捨てて逃げ去る。
彼には警官としての任務を忠実に果たすことよりも、自分の身を守ることの方が優先されるのだ。
果たしてライアンとトム、どちらが正しい人間なのか。

個人的にはダニエルと彼の幼い娘のエピソードが心に響いた。
彼は娘に身体を守ってくれる透明なマントをプレゼントする。
そうして娘を安心させようとするのだが、このシーンが重要な伏線になっている。

自分が理解出来ない問題に直面すると、相手を威嚇することで事を収めようとするファハドは、強盗に店を襲われた際にその恨みをダニエルに晴らそうとする。
彼がしっかりと錠を直さなかったからだと。
完全な逆恨みなのだが、彼は銃を突きつけてダニエルを脅す。
父親を助けようとした娘は迷わずにファハドの前に飛び出す。
彼女は銃で撃たれるが、透明なマントのおかげで無傷だった。
実はファハドの性格を熟知していたドリは、彼の銃に空砲を詰めていたのだ。
自分の前に天使が現れたと、前向きに生きることを決めたようなファハドに寄り添うドリの涙が印象的だった。

母親を想っているのに、彼女から愛を向けられないグラハム。
犯罪行為を繰り返すことで自分を貶めてきたが、最後に善行を働くアンソニー。
時に身勝手で弱い、そんな彼らが愛おしい。
いつかこの映画の中で描かれていることが日本でも日常になる日が来るかもしれない。
余韻の中でそんなことを考えさせられた。

2025/10/05

2025/10/06

74点

VOD/Amazonプライム・ビデオ/購入/テレビ 
字幕


お見事!

脚本と構成がお見事としか言いようがありません。
驚くほど 誰かは誰かと繋がっていて、各々のパーツを描くことで、それを俯瞰して全体的に見ると、アメリカの社会問題が浮かび上がってくるという構図は出来過ぎだと思います。

2025/07/12

2025/07/12

70点

テレビ/有料放送/WOWOW 
字幕


良く出来(すぎ)た群像劇のストーリー

ロサンゼルスのお互いに関係のない数組の人間が、
偶然に出会っては、主に他人種への偏見で対立が起こり、
銃社会であることが後押しして命を脅かし合うまでになる様子を、
群像劇スタイルで描く。

小競り合いが始まるきっかけは主に「偶然」で、
そこから憎悪がエスカレートしていくのだが、
その原因として大きいのは、
登場人物の約半数がハッキリ言って「自分勝手」「逆恨み」「軽率」「虚勢」であるからで、
「自業自得」だと思えてしまう。

--

多めの登場人物たちが偶然によって絡み合うストーリーは良く出来ているし、
対立の後に「改心」の展開になる場合が多く、
ギスギスして気が滅入るような映画になっていないのも上手い。

でも、話が上手すぎることによって、
憎悪のエスカレートも、
人種間の偏見も、
それらについて真面目に考察しているというより、
「上手い話を構成するための要素としてのみの扱いでしかない」
と思えてしまう。

実際、人種問題や憎悪のエスカレートは、
たいして深く掘り下げていない。

それでも、
「上手い話のためなら、利用できる物は利用するだけであっても構わない」
とも思うので、
ストーリー性重視の善し悪しは判断できず、
複雑な感想になってしまった。

2006/07/08

2025/07/12

70点

映画館/東京都/新文芸坐 
字幕


撃たせる銃と撃つ人間 悪いのはどっち?(劇場鑑賞時の感想)

他人(特にこの映画の場合は異民族)に対して日常的に憎悪を抱けば、
時にそれがエスカレートする。

そして、銃を簡単に入手できるアメリカにおいては、
憎悪を晴らすために手元の銃を相手に向ける衝動に襲われる。

ついには発砲してしまった場合、
相手を傷つけるだけでなく、自分の心にも深い傷跡を残す。

しかも、普段はいたって善良の市民でも、
偶然のきっかけで銃を人に向ける状況になったり憎悪に狂ったりすることもあり、
逆に根っからの悪人と思われていた人が突然善意に目覚めることもある。

--

これらのことを複数の登場人物たちによって描いて見せた『クラッシュ』という映画は、
一言で言えば常識的に発砲するのが当然な状況であっても、
実は発砲してはいけないのではないか?
人々が安易に発砲する状況がもう少し後退すれば殺伐とした世の中が少しは和らぐのではないか?
ということを訴えているのだろう。

でも、
この中の多くのエピソードが偶然によって運命が左右されるもので、
一方、命の危険にさらされた者が手元に銃を持っているといった状況も描かれているが、
実際のそのような状況になったと想像してみて、
偶然に身を委ねられるかといえば、
やっぱりやられる前に撃つ方を選択せざるをえないのではないかと思えてしまい、
結局メッセージと逆の思いにとらわれてしまうのは作品として失敗しているのではないだろうか?

(以上、劇場公開時に書いた感想に、若干の手直しをした文章)

2021/06/02

2021/06/02

69点

レンタル/愛媛県/TSUTAYA/ビデオ100 今治鳥生店/DVD 
吹替


「クラッシュ」という作品はいっぱいあって、実は別の作品を観たいと思ってレンタルショップで借りたら、違う「クラッシュ」が入っていました。それが本作。そのため、はじめから「?」の連続でストーリーが頭に入ってこなかったが、よく観てもストーリーの筋がよくわからなかった。ただ、差別や人種差別による衝突劇であるのはわかったので、また改めて見直してみたい。

2020/08/27

2020/08/27

80点

VOD/U-NEXT 
字幕


現代に直結する、しかし裾野が広いテーマ

J・G・バラードのSFというか変態小説に同名のものがあって、なぜか本作はこれが原作だとずっと勘違いしていて、どうも鑑賞を避けてきていた。なんてもったいない。

BLM運動に直結するテーマだが、そのメッセージは人間の性というか業というか、根本的な問題を提起してくる。

かように差別や憎悪というものは白人であろうと有色人種であろうとマジョリティであろうとマイノリティであろうと人間のどこかしらに必ず埋め込まれている宿痾であるということだ。

政治や社会システムでは解決できない、しかし必ず解決できるものとして希望の火を僅かにともして映画は終わる。登場人物それぞれがあくまでもパーソナルな体験、思考、感情でどうにか乗り越えていく。
シンプルだが一人一人が変わっていかなければいけないとするメッセージは本質をついていて感動的だ。

序盤ではサンドラ・ブロックがマイケルジャクソン化する前の顔だったり新旧ウォー・マシンが二人とも揃ってるぞということだったり、勝手にノイズを付け足していたが、申し訳ない。

人間ドラマ、恋愛もの、はては昨今のヒーローものにすら埋め込まれる反差別メッセージが、この映画ではその社会性の皮をかぶって、人間の本質を突いてくる。珠玉のアイデアである。

ポール・ハギス恐るべし。