鈍色の閉塞がほんの束の間解けたことを隠すべくもない夢幻のようなエンディングが素晴らしく、ひとりの詩人の来たるべき人生の終焉に僅かばかりの安らぎを与え、辿ってきた記憶の残滓に得も言われぬ華やぎを添えている。
ギリシャ神話をベースにイデオロギーや国境というテーマを掲げた「大きな物語」と、20世紀三部作というより「大きな物語」の狭間に生み落とされた「小さな物語」。それは、登場人物をいつになくセンシティブな眼差しで見詰め、その陰影深い人生譚をシュールで体感的な映像世界を通して紡ぎ出したT・アンゲロプロスの原点回帰ともいえる珠玉の人間ドラマ。それはまた、映画監督としての新たなる飛翔に向けての集大成ともいえる洗練された映像抒情詩でもある。
主人公の内面に巣食う諦念と詠嘆と悔恨を見事に体現した名優B・ガンツの巧まざる演技が秀逸で、荘重なオペラの響きを背景にした滋味深い佇まいが忘れられない。