とても不思議な映画だった。
65歳の誕生日を目前に控えたメディア会社の社長ビルは、目覚めた時に頭の中で「イエス」と響く謎の声を聞く。
その幻聴はその後も彼を襲い、同時に心臓に締め付けられるような痛みを伴った。
彼は薄々その声の正体に気づいていた。
ある夜、彼の自宅を声の正体が訪問する。
青年の姿をしたその男は死神であることを明かし、興味を抱いている人間界のガイド役を頼む見返りとして、彼の寿命を引き伸ばすことを約束する。
彼は死神との取引を受け入れるが、決して人の前で彼の正体を明かさないことが条件とされた。
そしてビルと死神の奇妙な生活が始まるのだった。
これだけの設定ならそれほど複雑でもないのだが、実はこの死神の姿をした青年はビルの元を訪れる前に、彼の娘スーザンと恋に落ちていたのだ。
スーザンは研修医として病院で働いているのだが、出勤前に立ち寄ったコーヒーショップでその青年に声をかけられる。
はじめは戸惑い気味だったスーザンだが、屈託のないその青年の姿に徐々に心を開いていく。
そして出会って間もないのにも関わらず、お互いに相手のことをとても好ましく思っていることに気づかされる。
別れる際に二人は何度もお互いの姿を振り返るのだが、二人の視線が交わることはない。
何とももどかしい演出だ。
スーザンが通りの角を曲がってしまったのを名残惜しそうに見つめる青年。
と、突如その姿を車が撥ね飛ばす。
恋の余韻を断ち切るような予想外に残酷な展開だ。
死神は事故で命を落としたその青年の身体を借りることにしたのだった。
死神はビルの行く場所にはどこにでもついていく。
しかもビルは彼が誰なのかを明かせない。
ビルは彼をジョー・ブラックという名前で職場と家族に紹介する。
そしてジョーは再びスーザンと出会うのだが、もちろん彼にはコーヒーショップでの記憶はない。
このジョーのキャラクターがとても面白い。
最初はビルに死の宣告をする絶対的な力を持った無慈悲な存在に思われたが、人間の身体を手に入れた彼は純粋な好奇心の塊だ。
しかも人間の生き方に不馴れなので、ネクタイも結べないし、人との距離感も分からない。
スプーンで差し出されたピーナッツバターを夢中で舐める彼の姿はまったく死神に見えない。
そんな彼の無邪気な姿を見て、普通に社会生活を送る人間は何か裏があるのではないかと警戒する。
しかし彼には悪意などまったくなく、心から思ったことを口にするだけだ。
そして彼は相手が皮肉で口にした言葉も言葉通りに素直に受け取る。
はじめは再会したジョーの姿が、あまりにも初対面の印象と異なることに違和感を抱いたスーザンだが、やがて彼の純粋な姿に惹かれるようになる。
スーザンにはビルの元で働くドリューという恋人がいるのだが、どこか彼に対して冷めた態度を取っていた。
本当の恋を知らない彼女のことをビルはとても心配していた。
仕事に打ち込む余り、家族のことを顧みなかったビルだが、人一倍情熱的な男でもあった。
彼がスーザンに本物の恋を語るシーンは印象的だった。
「心を開いていれば、いつか稲妻に打たれる」
そしてスーザンはジョーに出会い初めて稲妻に打たれる。
ジョー自身もビルの恋に関する情熱的な言葉に感銘を受けており、本物の恋をしたいと願っていた。
彼もまた次第にスーザンに心を惹かれるようになるが、それを知ったビルの心は穏やかではなかった。
最初は悪意ある存在に見えたジョーの見え方が変化していく様が興味深かった。
彼はスーザンを訪ねて病院に赴くが、そこで重い病を患う老婆に出会う。
彼女はすぐにジョーがこの世のものでないことを感じ取り、ついにお迎えが来たのかと震え上がる。
しかしジョーが休暇中であることを告げると、彼女は自分をあの世に連れていって早く楽にして欲しいと頼む。
この時のジョーの反応が興味深かった。
彼は彼女の願いは聞き入れず、ただ彼女の苦痛を共有する。
この彼の姿を見て、彼が悪意ある存在ではないことが分かった。
ビルは結果的にジョーのおかげで家族と語らう時間を作ることが出来るようになるし、スーザンは初めて激しい恋の味を知ることになる。
一方、ビルに会社の合併を持ちかけるドリューは、直前でビルがその提案をはね除けたことで、何かジョーがビルに入れ知恵をしたのではないかと訝る。
結果的にビルはジョーの出現によって会社を逐われる立場になってしまう。
この映画を観ていると死神よりも人間の方がずっと姑息であり、二面性があって信用出来ないように思えてくる。
誰でも心をさらけ出すのはとても勇気がいる。
それによって傷つくことも大いにあるからだ。
しかし心をさらけ出さなければ、本当に心を通わせる相手には出逢えない。
すべて見通しのはずの死神たが、自身の正体を隠していることでスーザンに心をさらけ出すことが出来ない。
ジョーは約束を破ってスーザンもあの世へ連れていこうとする。
しかしビルは、欲しいものを盗むことは愛ではないと彼を諭す。
ここでビルとジョーの立場が逆転する。
「生涯をかけて相手への信頼と責任を全うすること。そして愛する相手を傷つけぬこと。それに無限と永遠を掛ければ愛に近づく」
ジョーは本当の愛を知ったことで、スーザンに別れを告げる決心をする。
人間の世界を知り、愛を知り、そしてユーモアを知った死神。
お迎えを受け入れたビルがジョーに語る言葉が心に響いた。
「立ち去りがたい。それが人生だ」
人生は試練の連続だが、それでも生きることは美しいことなのだ。
結末がどうなるのか予想がつかなかったが、打ち上がる花火のように美しく、そしてどこか儚いラストだった。
この映画でスーザンは二度恋に落ちることになる。
初めはコーヒーショップで。
次はビルと共に暮らすことを決めたジョーと、自宅のプールで対面した時に。
彼女は別れを告げるジョーの目を見て、彼がコーヒーショップの青年とは別人であることに気づいた。
そしておそらく彼の正体にも気づいていたのだろう。
しかしそれでも彼女は死神の彼に恋をしたのだ。
ビルと共にジョーは去っていくが、追いかけるスーザンの前にジョーだけが戻ってくる。
しかしそのジョーはコーヒーショップで出会った青年だった。
死神は彼の身体と心を現世に戻したのだ。
目の前にいるのは初めてスーザンが恋をした青年だが、その後に彼女が心を惹かれた相手ではない。
何ともいえないスーザンの切ない表情に心を打たれたが、これから二人は時間をかけて愛を築いていくのだろう。
上映時間が3時間と長過ぎるのが難点だが、最後まで心を大きく揺さぶられる良作だった。