八丁畷の駅が見えている.多摩川のほとりなのだろうか.堤防のすぐ下には平屋で戸建ての集合住宅が見えている.家庭用のテレビで相撲中継が見られている.住宅は小箱のようで,テレビという小箱の中には小結やらの関取が動いている.住宅の隣や奥には同じサイズの住宅があり,どの家が誰の家なのか,どちらが裏で表なのか,表の玄関なのか裏口なのか,見ている者にも混乱が生じ,あるいは見られている人物も,例えば,富沢さん(東野英治郎)なども酩酊して,自らの帰るべき家を間違えてしまうほど,錯雑としている.かといって勇ちゃん(島津雅彦)が 「ラジオじゃ見えないよ」というのも然りで,聞くだけでなく,見ようとする欲望が画面にみなぎろうとしている.
「一億総白痴化」という言葉が踊り出す.婦人会の会費をめぐって,5名ほどの婦人らの不穏な争いが始まっている.原田きく江(杉村春子),その母で産婆のみつ江(三好栄子),大久保しげ(高橋とよ),富沢とよ子(長岡輝子), インテリとも噂される林民子(三宅邦子)らがそれぞれの邪推と牽制を始める.会計が集金し,組長へと届けられたとされる会費の行方を追って,「犯人は誰?」というサスペンスが仕組まれている.その光景は真相や悪者を見たがる観客の欲望の反映として映されている.
一方で,いくつもの「駄目」や禁止が大人たちによって,この一帯に張り巡らされる.子らはそれらを掻い潜って,テレビを観に集まり,「タンマ」によって制限を解除し,頭を小突かれれることでオナラをひり出す.この監獄的な規格の住居にある明(大泉滉) とみどり(泉京子)はテレビを所有しており,いくらか若い.そして,この何かを監禁しようとする魔圏からの脱出を試みている.
しかし,その外側にも高層の団地が築かれている. 英語を教えている福井(佐田啓二)とその姉(沢村貞子)がそこに住み,まだ主婦でもなく,少女でもない林家の節子(久我美子)はこの二つの地帯を往還している.外部からは,押売りの男(殿山泰司)が地帯に侵入を果たし,鉛筆,ゴム紐,歯ブラシ,亀の子たわしなどを売りつけようとするが,みつ江が出刃包丁を持って彼を撃退をする.他にも防犯ベルの男(佐竹明夫)も潜り込むが上手に売り抜けるというわけにもいかない.そうでなくても洗濯機だけでなく,ナショナルのテレビやフラフープの文物は集まってくる.サンマの干物と豚汁は美味しくともいつまでもそうした質素が続くわけもない.
教室に現れた伊藤先生(須賀不二夫)はどこか不気味で,悪魔的であり,教室や学校に新たな魔所を築こうとしているかにも見える.信心深いのか,お経をあげ,堤防で手を合わせるみつ江は,この魔圏の結界を強固にしようとしているのか,解除しようとしているのか定かではない.祭壇の前に座っている後ろ姿が映し出される.キャメラが彼女の正面に回ると彼女は独り言を言っている.彼女もまた何かから逃れようとしているのかもしれない.言葉を失った兄弟は,ジェスチャーゲームをしており,無駄な事も大事な事も無効にされようとする無音の世界に生き延びようとしている.
福井は唐突に,軽石の害毒によって死んだアシカの話をする.珍々軒の界隈もまた不思議で不穏な空気が漂っている.
土手を走ってかけ上がる,その先にも「いいお天気」が広がっている.上空の広がりは,地上の閉塞を余計に感じさせる.ただその大気と大地を媒介するようにして干してあるパンツがひらめいている.