いわずと知れた小津安二郎の代表作であり、日本映画の代表作でもある逸品。あまりに有名なため、若い頃、義務感をもって観たっきりで、今回、初見から20年ぶりの再見。
しかも初めて劇場のスクリーン。
中学生の頃は全く分からなかったが、三十路も過ぎると物語がよくわかる。そして、それ以上に世界で小津安二郎が評価されているのかが、とてもよく分かった気がする。
小津は割とカット数が多い。特にどの作品でも冒頭で撮る屋敷は、人物の出入りによるアクション繋ぎで、何度も何度も同じショットが登場する。階段から降りてくる、上がっていく。台所へ入ってくる、出てくる。これらの繰り返しをずっと見ていると、屋敷の間取りが手にとるように解る。特に本作でいえば、尾道の家、東京の息子たちの家(医者の家、美容院の家、狭いアパート)とそれぞれが何度も何度も繰り返し描かれる。不思議なもので、劇場で小津映画を=何度も繰り返される画の連続を観ていると、なにか独特なリズムが身体に染みてくる感覚がある。このリズムの心地よさ、唯一無二のリズム感、これが小津安二郎、一番の魅力なんだろう、と。特に海外でウケるのは、このリズムなのではないか。思うに小津の撮った映像は5分も見れば、間違いなく小津安二郎が撮ったと確信できる。そんな確固たるイメージ、画のリズムのある映画作家は、冷静に考えてみると小津安二郎の他にいない。笠智衆の喋りのリズムは小津安二郎のリズム。特に本作は息子、娘、妻、義理の娘の話ではなく、あくまで遺される男、笠智衆の物語として、見事すぎるほど完成されている。なるほど、だから小津屈指の名作であり、日本映画の名作なのか。ひとり勝手に納得してしまった。
この映画には物語らしいものがない。嫁入りや夫婦ケンカ、浮気のような劇的な出来事もない。なので、正直、そこまで面白いと思える作品ではない。好みは断然『晩春』などの方だ。ただそれでも年イチで小津安二郎に触れるのはいいことかもしれない。少なくとも"確固たる映画"とはどんなものなのか教えてくれる。正月早々、いいものを観た。