趣味性の強い作品だが、映画を題材としたことで作品の隅々にまで監督の意図がしみわたり、得がたい
魅力を発揮した。これがデビュー作品であることに驚きがある。監督のねらいがフィルムに定着しているか
いなかが、難しいところ。林海象監督は強気で自分の感性を信じ撮りきった。佐野史郎をはじめキャスト
もスタッフも監督の才能に惚れ込んだのだろうな。題材だけでなく製作の中にも映画愛がある。
モノクローム画面で、セリフは無声映画のように書き文字で表現される。効果音はリアルに再現されて、
疑似サイレント映画。時代設定は昭和のはじめのよう。私立探偵の魚塚甚(佐野史郎)の元に、娘桔梗を誘拐された
月島桜の執事松之助が捜索の依頼にやってきた。録音テープを再生すると、身代金の要求と受け渡し
場所が謎とともに指定された。魚塚は助手の小林とともに謎に挑む。
謎解きは探偵ものでは必須の要素。映画世界に引き込むにはうってつけの役回り。テープに録音された
謎、魚塚の推理と物語は進む。ところが相手の方が一枚上手、身代金も奪われて桔梗の居所さえつか
めない。それでも月島桜の依頼は変わらない。しだいに謎は月島桜そのものになっていく。この作品の
転調が上手い。いつの間にか映画史の謎に委付とされる。
初めての女優主演映画は大正7年と言われる。ところがその前に月島桜の主演映画が撮影されていた
のだった。当時の検閲を担った警察の邪魔が入って、映画はお蔵入り。魚塚は桔梗という娘を探している
のではなく、未完となった月島桜のラストシーンを追っていたのだった。彼が月島家を訪れると、若かりし
日の月島桜がいて、幻のラストシーンの撮影が行われていた。監督は執事の松之助だった。無事に
撮影が済み、月島桜は満足そうに、夢見るように眠った…。
林海象監督は後に「私立探偵 濱マイク」シリーズでブレイクしていくわけだが、本作を観てしまうと、私立
探偵魚塚の迷宮の魅力には色あせてしまう。