8 1/2

はっかにぶんのいち|Otto e Mezzo|Otto e Mezzo

8 1/2

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レビューの数

62

平均評点

73.1(351人)

観たひと

555

観たいひと

61

(C)MEDIATRADE 1963

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル 伝記 / ドラマ
製作国 イタリア
製作年 1963
公開年月日 1965/9/26
上映時間 140分
製作会社 チネリス
配給 東和=ATG
レイティング
カラー モノクロ/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

「甘い生活」のフェデリコ・フェリーニとエンニオ・フライアーノの原案を、彼ら二人と、同じく「甘い生活」のトゥリオ・ピネリ、ブルネロ・ロンディが共同脚色、フェデリコ・フェリーニが監督した自伝的要素の濃い幻想的作品。撮影は「太陽はひとりぼっち」のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ、音楽は「道」のニーノ・ロータが担当した。出演は「ゴールデンハンター」のマルチェロ・マストロヤンニ、「気ままな情事」のクラウディア・カルディナーレ、「太陽は傷だらけ」のアヌーク・エーメのほかに、サンドラ・ミーロ、ロッセーラ・ファルク、バーバラ・スティール、マドレーヌ・ルボーなど。製作はアンジェロ・リッツォーリ。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

グイド(M・マストロヤンニ)は四十三歳、一流の映画監督である。彼は医者のすすめに従って湯治場にやってきた。湯治場に来てもグイドは、愛人カルラ(S・ミーロ)、妻ルイザ(A・エーメ)そして職業の上での知人たちとの関係の網の目から逃れることはできない。カルラは美しい女性だが、肉体的な愛情だけで結ばれている存在で、今のグイドにとっては、わずらわしくさえ感じられる。妻ルイザとの関係はいわば惰性で、別居することを考えはするものの、実行する勇気がないだけでなく、時には必要とさえ感じるのである。そんなグイドの心をよぎるのは若く美しい女性クラウディア(C・カルディナーレ)だ。クラウディアは、グイドの願望の象徴である。しかし彼女との情事の夢もむなしく消えてしまう。彼の夢、彼の想像の中で、思索は今はなき両親の上に移る。そして次々と古い思い出をたどる--ブドウ酒風呂を恐れ逃げまわる少年グイド、乞食女と踊ったことで神父から罰せられる神学校の生徒時代のグイド。やがて保養を終えたグイドは混乱と失意のまま、もとの生活にもどる。彼がすべてのことを投げ出そうとした瞬間、彼の心の中で何かが動き出した。彼の渦去のすべての対人関係、逃れようのない絶対の人生経験をかたち作っているすべての人が、笑顔をもって彼と同じ目的地に向っていこうとしているのである。映画製作が始まった。オープン・セットでグイドは叫ぶ。「みんな輪になってくれ、手をつないで踊るんだ!」演出していた映画監督グイドは、自分も妻とともに輪の中に入る。踊り続ける人々はやがて闇の中に消えた。ただ一人残り、一心に笛を吹き続けるのは、少年時代のグイドだ。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2008年6月上旬号

DVDコレクション:第354回 「8 1/2」

1965年9月上旬号

フェリーニの「8 1/2」特集批評:イタリア式フェリーニの告白

フェリーニの「8 1/2」特集批評:仮面のなかの孤独と苦悩

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フェリーニの「8 1/2」特集批評:「8 1/2」とは?(自作を語る)

1965年6月上旬号

巻頭グラビア 視覚化されたフェリーニ思想の一大交響楽:「8 1/2」とフェリーニの世界

2024/12/27

2025/01/06

80点

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2024年三回目

U-NEXTで配信終了とでてたので観賞。
一年で三回も同じ作品を観るのは子供の頃のジャッキー作品以来。
こんだけ観てるんだから好きな作品なのだろうが実感は未だ薄い。

2024/12/29

2024/12/30

-点

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力技でつれていかれる

あらゆる監督が自分の8 1/2を撮りたがるとまでいわれる作品。それだけ好き勝手にやっている感はあります。

愛人と妻が立ち会わせして修羅場になったり、映画関係者から詰め寄られたり、ときどき夢想したり、少年時代を思い出したり。それだけでストーリーらしきストーリーも無し。
それでも、最後に主人公が妻の手を取り、ほかの人たちと手をつないで輪になって回るところは力技でぐっときてしまいます。

当時どう受け止められていたのかわかりませんが、少なくとも今みると気を衒った作品というよりは古典。モノクロなせいもあるかもしれません。当時は世の中的には総天然色への移行期で、次回作の『魂のジュリエッタ』以降はカラーです。

舞台はほとんどが温泉地(湯治場)。この場自体が魅力的でしたが、さすがに今は現存しないようです(ネットで調べた限りではCasinò Paradiso del Mareなのか、Chianciano termeが出てきます)。

2024/12/22

2024/12/23

70点

VOD/U-NEXT 
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共感はしなかったなあ

 フェデリコ・フェリーニの代表的な映画の1本。以前も見たことがあるのだが、今ひとつ心に入ってこなかった。映画の主人公は映画監督で、彼の映画制作の過程と夢(妄想?)の世界を並行して撮しながらラストに向かっていく。実際の映画監督達は同様なジレンマを持って映画制作を行っているだろうから、深く共感するんだろうけど、どうも観客の私には、なるほどね、としか思わない。コメディ映画として観ていった。
 映像はフェリーニらしい。彼の影響を受けたイタリア人監督達はたくさんいただろう。 ウェキおじさんに聞くと、ラストで削除されたシーンがあって、そのシーンでは明確に自殺をうかがわせる、とあるが、私は自殺していないと思う。映画のタッチがコメディであるのと、ラストの登場人物全員が手を繋いで輪になって踊っているシーンが現実と解釈するからだ。
 映画監督の困惑はウディ・アレンがよく描いている。彼の方がまだわかりやすいかな。
 フェリーニだから3.5点。

2024/06/10

2024/06/11

70点

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妻と観賞

妻が観たいというので観賞。
育児で疲れている妻が観れるわけないと思っていたが案の定。
ついでに自分も落ちた。
楽しんで観れてたのだが終盤で記憶喪失。
またそのうち観直そう。

2024/01/26

2024/01/26

80点

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三回目

仕事で知り合った大学の先生がとにかく大好きな作品らしい。
授業するよりフェリーニ作品観るほうが好きらしい。
その中でも本作が一番とのこと。
「道」が好きな自分とは合わないかなと思ったがあまりの熱量にもう一度観てみますと答えると限定DVDボックスを貸してくれた。
特典映像「ロストエンディング」付きのレアもの。

そんなわけで「ロストエンディング」を観てへ〜となりつつ本編観賞。
そのせいではないと思うが今までとは違うフィット感で観賞できた。
やっと楽しめたといったところ。
三回目でやっと。
この作品一回目で楽しめる人は凄いなとしみじみ感じた。

2023/07/16

82点

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愛せなかった男

ネタバレ

フェリーニ監督の映画は初期の『道』こそリアリズムな描写にストレートに心を打たれたが、基本的には作家性が強すぎて苦手な作品が多い。
ただ、この『8 1/2』だけは学生時代に観て衝撃を受けた記憶がある。
今回内容は一切覚えていないものの、久しぶりにその感動を再確認したくて観てみたが、正直あまり良さが分からなかった。
20代の頃の自分がこの映画の内容を理解出来たとは思えないので、単純にあの頃の自分の方が感受性に優れていたのだろう。
ストーリーはある映画監督(フェリーニ監督自身の投影か?)がスランプに陥り、様々な人間関係に苦悩していく様を描いている。
唐突に回想シーンや妄想シーンが挿入されるので、どこまでが現実なのか混乱させられる映画である。
冒頭の主人公グイドの夢の描写が印象的だ。
大渋滞の中、彼の乗った車を複数の無表情な人々の目が監視する。
やがて車内を煙が充満する。
彼は自殺を謀ろうとしたのか。
すると画面は凧のように大空高く舞い上がるグイドの姿を映し出す。
どこまでも逃げ出したい彼を、しかし人々は地上に引き戻そうとする。
そして療養中のグイドが医者に診察されている現実に画面は切り替わる。
療養に専念したいグイドだが、プロデューサーや脚本家や役を貰いたい役者がひっきりなしに訪れるため、心が休まる暇がない。
愛人カルラ、そして険悪なムードの妻ルイザの存在も彼にとっては煩わしいものでしかない。
彼が心惹かれるのはクラウディアという空想の中の女神だけ。
シュールな場面が続くので、色々と理解出来ない部分はあるが、これは人を愛することの出来なかった男の物語ともいえる。
おそらく才能はあるのだろう。そして常に彼を持ち上げる人間が側にいて、女性関係も豊富だったのだろう。
しかし彼の心はいつも孤独だ。
少年期の回想シーンでは、彼は孤独な乞食女と踊っているところを、神父に見咎められ体罰を受ける。
無邪気さは重大な欠点だと指摘されて。
大人になり無邪気さを捨て去った彼は、いつも仮面を被っているようだ。
カルラのことを見たこともない女だと平気でルイザに嘘をつく。
そして憧れの女神クラウディアにも、虚ろな目で「役も映画もない。すべて終わってもいい」と告げる。
後半はいよいよ映画を撮ることが出来なくなった彼を、妄想なのか現実なのか分からない世界で人々が責め立てる。
さらに妄想の世界で女性たちは慈悲のないグイドに向かって反乱を起こす。
追い詰められた彼はテーブルの下に逃げ込み、銃で自らを撃ち抜く。
現実に戻った彼はすべてを受け入れ、幸福に満たされながら、ルイザにもう一度やり直したいと謝罪する。
最後は賑やかな音楽隊に囲まれながら人々の輪の中に入っていくグイド。
しかし最後に残された少年の日のグイドは、一人寂しそうに笛を吹き続ける。
おそらく最初の夢の中の自殺を仄めかすシーンがすべてを語っていたのではないだろうか。
彼が求めた先にある自由は死だった。
人々に囲まれながらも誰をも愛せなかった男の末路。
賑やかなシーンが多いほど、グイドの心の孤独が引き立てられるようだった。
強烈な印象は残るものの、理解するのは難しい。
ルイザ役のアヌーク・エーメは相変わらず美しいと思った。