政治劇「Z」であります。1963年、ギリシャで起きたグリゴリス・ランブラキスといふ革新政党の指導者の怪死事件を、ヴァシリ・ヴァシリコスが小説化したものが原作となつてゐます。ヴァシリコスは自ら取材・調査し、結果これは陰謀、即ち軍政府側による暗殺と判明したのです。
資料によると、ヴァシリコスの友人の一人にコスタ=ガヴラス監督の兄がゐた関係で、ガヴラスはこの小説に出合ひます。それで「これは是非映画にせねば!」と製作したのが本作であります。更にガヴラスと主演のイヴ・モンタン(=Z氏)の橋渡しとなつたのが、モンタンの妻・シモーヌ・シニョレださうです。想ひを同じくする人たちが偶然集まつて、かかる奇跡的な傑作が生れたのでした。
しかしそのモンタン、反政府側のヒーローとして活躍するかと思つたら、前半で暴漢に襲はれて呆気なく死んでしまふのに驚きます。まあグリゴリス・ランブラキスがモデルなので、当然といへば当然ですが。本編の実質的な主人公は予審判事のジャン=ルイ・トランティニャンと申せませう。当初こそ大勢に従ひ、Z氏の死は事故死と認識してゐましたが、些細な証言から疑問を生じ、本格的に調査を開始します。また新聞記者(ジャック・ペラン)もZ氏の妻・エレーヌ(イレーネ・パパス)への取材を通してこの事件への疑問を膨らませていきます。
そして遂にこれが軍政府と警察組織が仕組んだ大犯罪と確信します。圧力や恫喝にも屈せず、警察要人たちを次々と告発します。これがカッコイイのです。宣告を受けた要人たちは、退所する時に必ず出口を間違へるのが笑へます。予審判事の根拠は、七人もの重要な証人を得てゐた事です。ところが、告発後、この七人が次々と死んだり行方不明となるのでした......
まだ事件の余波が生々しい1969年、制作陣も相当の圧力を感じたさうです。実際、舞台となつたギリシャは当然、スペインやブラジルなど軍政を敷いてゐた国は、この「Z」を公開禁止としました。またZ氏の妻を演じたイレーネ・パパスはギリシャ女優といふ事ですが、ギリシャへの入国が認められず彼女のシーンはベネズエラで撮影されたさうです。
新聞記者を演じたジャック・ペランは、製作者としても名を連ね、この映画の実現に奔走しました。緊迫感溢れる音楽担当のミキス・テオドラキスもまた、思想犯扱ひで自宅軟禁中でした。実に骨のある人たちのお陰で、かかる傑作が生れたのでせう。
しかしこれは遠い国の昔の話かといふと、さうとも云へません。外国に例を求めなくても、わが国にも同様の事が起きてゐるのではないでせうか。例へば前首相の統治下で起きた公文書改竄とか。「Aファイル」なるものが明るみに出て、当初存在を否定した国も認めざるを得ない状況になつても、再調査の必要はないと新首相は述べてゐます。まあ、問題はかういふ政府を許す国民ですな。わが国は例へば北朝鮮とは違ひ、民意を反映できる筈なのですがね。どうせ31日の投票日でも大勢は変りますまい。
おつと、下らぬ事を申しました。愚者の戯言ですのでお許しを。