ミツバチのささやき

みつばちのささやき|El Espiritu de la Colmena|El Espiritu de la Colmena

ミツバチのささやき

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レビューの数

104

平均評点

77.8(571人)

観たひと

872

観たいひと

100

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドラマ
製作国 スペイン
製作年 1973
公開年月日 1985/2/9
上映時間 99分
製作会社 エリアス・ケレヘタ・プロ
配給 フランス映画社
レイティング 一般映画
カラー カラー/ビスタ
アスペクト比 アメリカンビスタ(1:1.85)
上映フォーマット 35mm
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

スペイン内戦がフランコの勝利に終結した直後、1940年の中部カスティーリャ高地の小さな村を舞台に6歳の少女アナと彼女の家族たちの日常を描く。製作はエリアス・ケレヘタ、監督・原案は「エル・スール」のビクトル・エリセでエリセのデビュー作にあたる。脚色・脚本はアンヘル・フェルナンデス・サントスとビクトル・エリセ、撮影はルイス・カドラード、音楽はルイス・デ・パブロ、編集はパブロ・G・デル・アモが担当。出演はアナ・トレント、イサベル・テリェリアなど。1985年2月9日公開(初公開時配給:フランス映画社)。ミニシアターの傑作上映企画『theアートシアター』として、HDリマスター版が2017年3月25日より上映(配給:アイ・ヴィー・シー)。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

1940年頃、スペイン中部のカスティーリャ高原の小さな村オジュエロスに一台のトラックが入っていく。移動巡回映写のトラックで、映画は「フランケンシュタイン」。喜ぶ子供たちの中にアナ(アナ・トレント)と姉のイザベル(イザベル・テリェリア)がいた。その頃父のフェルナンド(フェルナンド・フェルナン・ゴメス)は、養蜂場で、ミツバチの巣箱を点検する作業をしている。母のテレサ(テレサ・ジンペラ)は、室内にこもって、内戦で荒れはてた家や人々の様子を手紙に書き綴っている。いったい誰に宛てている手紙なのか、毎週のように、駅に向かい、列車に投函する。公民館のスクリーンには、少女メアリーが怪物フランケンシュタインと水辺で出会う美しいシーンが展開している。そのシーンに魅入られたアナは姉からフランケンシュタインが怪物ではなく精霊で、村のはずれの一軒家に隠れていると聞いた。学校の帰りにアナはイサベルに村のはずれの一軒家に誘われた。そこに精霊が住んでいるというのだ。別な日に一人でそこを訪れるアナ。夕方、イサベルは黒猫と遊んでいる。アナは父母のアルバムを見る。父あての母のポートレートには、“私が愛する、人間ぎらいさんへ”とある。網の中のミツバチにささやきかけるアナ。夜ふけに一人起き上ったアナは外に出る。列車から兵士が飛び降り井戸のある家に入って行く。彼はアナに拳銃を向けるが、子供だと知るとやさしくなる。足をけがした兵士は動けない様子だ。大きなリンゴを差し出すアナ。二人はアナが持って来た父のオルゴール時計で遊ぶ。その夜、井戸のある一軒家に銃声が響いた。翌朝、フェルナンドが警察に呼ばれる。オルゴール時計のせいだ。公民館に横たえられた兵士の死骸。食事の席でオルゴール時計をならすフェルナンド。アナにはすべてが分かった。井戸のある家に行き血の跡を見つめるアナ。その日、夜になってもアナは帰らなかった。心配する家族。そのころ、森の中のアナの前に、映画で見た怪物そっくりの精霊が姿をあらわした。発見されたアナは昏睡状態に陥っていた。家族のみんなが見守る。深夜、一人起き上がったアナは、窓をあけ、夜空を見つめるのだった。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2018年7月下旬特別号

巻頭特集 キネマ旬報創刊100年特別企画 第1弾 1970年代外国映画ベスト・テン:ベスト19グラビア解説

1985年4月下旬号

外国映画紹介:ミツバチのささやき

1985年3月下旬号

外国映画批評:ミツバチのささやき

1985年1月下旬号

グラビア:ミツバチのささやき

1985年1月上旬号 戦後復刊900号記念特別号

試写室:ミツバチのささやき

2025/03/16

2025/03/17

75点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


とにかく考察のネタが多過ぎて、あれこれ気にしながら観るよりは、一旦何も考えずにこの幻想的かつ美しい映像とアナの無垢な瞳に魅入ってしまう方がいいのかも。後から考えると姉のイザベルの行動が色々と気になった。あの片付けられたベッドは彼女の死を意味してるのかな。制作当時のスペインの情勢からあからさまな政府への批判など出来るはずもなく、こうして所々暗示を仕掛けていった結果、まさに映像で語る名画に仕上がったのは何とも皮肉な気がするけど。蜂の巣の様な模様のガラス窓から差し込む夕陽?に照らされたピアノが置かれた部屋のシーンは絵画の様な美しさで思わずうっとりした。

2012/03/28

2025/03/10

90点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


ヴィクトル・エリセ監督のメタファーのささやき。

フランコ総統の独裁政治は、彼が死ぬ1975まで続いた。本作の製作・公開年は、当局の検閲があったと
思われる。1973年には、フランコの腹心の部下が「バスク祖国と自由(ETA)」の爆破テロで殺害された
(Wiki)。独裁政権では、バスク語とカタルーニャ語は使用禁止となっていた(Wiki)。そのカスティーリャ地方
の小さな村が舞台。時は1940年で、世界中が戦火に包まれていたが、スペインでは長い内線が終わり、
フランコ独裁政権が確立していた頃。

村に巡回映画のトラックがやって来る。公民館で上映されたのが、1931年のボリス・カーロフ主演の
「フランケンシュタイン」。ラジオしかない時代、絵が動いて音が出れば驚異の世界が出現する。老若男女が
詰めかけて大盛況。イザベルとアナも映画に魅せられた。しかしアナは、少女と怪物が死んだ理由が判ら
ない。夜、ベッドをともにする姉のイザベルに尋ねるのだが、姉も判ったような判らない答え。
二人の父は養蜂家。蜜蜂の生態を観察し、働くばかりで死んでしまう蜂に、ある種の感慨を持つ。妻は内戦
で行方知れずの人に手紙を書き続ける。返信はあるのだろうか。夫との関係は冷え切っているようで、夫婦
の会話はない。可愛い姉妹がいるのだが、この家庭には温かさに欠ける。
姉妹も対照的。アナは素直で、姉のイタズラに引っかかる。イザベラは死んだふりをするが、度が過ぎた遊
びで、アナは怖がるだけ。家の近くには廃家があり、姉妹の遊び場ともなる。近くに鉄道線路があり、走る
列車から、一人の男が飛び降りる。男は廃屋へ逃げ込む。アナはフランケンシュタインを思い出したのか、
男に親切に接する。家から父親のコートを持ってきて、男に着させる。
ある日、廃屋に響く機関銃弾。男は警察に射殺される。男が着ていたコートから、アナの父親が呼ばれるが、
事態を理解できないだけ。母親は手紙を投函することなく燃やしてしまう。あの男宛のものだったのだろうか。

映画は説明的な描写は少ない。監督は検閲を嫌って、物語世界とは異なる暗喩の映画とした。観客は一つ
一つ暗喩のピースを当てはめる。蜜蜂の世界はフランコ独裁政治、冷え切った家庭は内戦で傷ついたスペ
イン社会、フランケンシュタインは制御できない内戦の象徴。アナの純粋さに、スペインの未来の明るさを
託したように感じる。メタファーの名作。

2025/03/08

2025/03/08

90点

テレビ/無料放送/NHK 
字幕


民衆が分断される内戦があり

その結果、
表現の自由が失われた国家が
たくさんあった。
そんな国の一つ、スペインでは、
子供たちを守るためにがんばったのは精霊だった。

フランコ独裁の終了まであと数年。
精霊たち、よろしくね。

一貫して胸が締め付けられるような映像。
検閲をのがれるために象徴を重ねる映像。
そして生まれたこの傑作。
アナ、forever !

2025/02/20

2025/03/08

80点

テレビ/無料放送/NHK BSプレミアム 
字幕


列車ポスト

◎ セリフも少ないが、状況説明も少ない。作る側に勇気がいる作り方。そして、唐突と言っていいエンディング。
◎ 列車に郵便ポストの差し出し口がある。これは効率的だが、多分不便。

2025/02/18

2025/03/06

60点

選択しない 


瞳の奥の無垢な魂

 公開当時の1985年に見ているが、また見ることになるとは思っていなかった。NHKBSの放送があったればこそだ。

 当時、映画はなんだかよくわからず、退屈で面白くはなかった。ただ、少女のアナの印象は強烈で、あの顔立ちや瞳は何十年たっても忘れられるものではない。
 今回見直してみても、正直なところよくわからない。1940年というスペインの時代背景から意味を探ろうとしたり、姉の言葉を信じて、フランケンシュタインに魅せられるアナの心理を探ろうとしたりと、この種の映画を見たとき、何かを象徴的に描こうとしているのではないかとその意味を追い求めてしまうのがつらい。
 
 巡回映画を見ているアナは姉に少女やフランケンシュタインの死に何か意味があるのかを質問する。姉は、フランケンシュタインは怪物ではなく精霊だと説明する。精霊? 何十年生きていても、残念ながら精霊なるものがなんであるかをつかめない。あのアナはそれを幼いなりに理解しているかに見える。列車から飛び降りたフランケンシュタインの化身でもある男を精霊とみなしている。父親や母親、姉までも何かを象徴する役割を演じているように見えてしまう。こんな混乱を抱え込んで、意味を探ろうとする映画の見方がいやになる。
 
 あのアナの表情の中にある純真で無垢なものに、ただ何かを感ずるだけだ。それがなんだかは分からない。両親も姉も鬱屈と屈託を抱え込んでいる。それが時代の空気なのか、何の象徴なのかは知らない。ただ、両親や姉とは違って、アナの瞳は穏やかで、濁りを宿していない。怪物のフランケンシュタインを見るまなざしに、何の恐れも潜んでいない。それに打たれてしまったのだ。あの顔立ちや瞳は、これからっだて忘れられるはずはない。

2025/02/22

2025/02/23

76点

テレビ 
字幕


なんてったってアナが可愛い

 この映画、公開時に観ている。ほとんど忘れているが、逃亡者が小屋に隠れていてアナが食料を持って行くシーンは記憶にある。「フランケンシュタイン」の映画は覚えているような。映画の中で重要な意味を持っているのに。
 時代設定が1940年だからフランコ独裁政権の時代だ。ウェキおじさんに聞くと、独裁政権が確立してすぐの頃だとか。また、この映画の製作が1973年でまだフランコが政権を持っていた時代だ。フランコ政権はファッショ政権で、なかなか政権を批判する映画は作れなかったろう。ウェキおじさんによると、映画の中にいろいろの寓意を入れている、とあるが、日本で観る側には、よっぽどのスペイン通でない限りその寓意は伝わりづらいだろう。
 舞台はスペインの小さな田舎の村。主人公アナの父親は養蜂を行っており、かなりの金持のよう。家がでかい。一人でヘッドホンをしてこっそりとラジオを聞いているところなんかは、アンチフランコかな、と思わせる。母親は昔の恋人かに手紙を出している。そんなこの村に巡回の映画がやってくる。昔は、特に小さな田舎町ではこんな感じで映画を上映していたんだろうなあ。上映作品は「フランケンシュタイン」。どうも映画の中で少女がフランケンシュタインに殺され、フランケンシュタインも殺されたよう。映画に感化された少女アナが姉?のイザベルになんで2人とも死んだのか尋ねたところ、イザベルは2人とも死んでいないという。フランケンシュタインは精霊で本当は死んでいなくて、村はずれの小屋に住んでいる、と言う。そこから幻想的な世界観が少しずつ広がってくる。そこに怪我をした逃亡犯がその小屋に隠れた。アナはその彼に食料と父親の懐中時計を与える。彼は警察に見つかり銃撃され殺される。時計は父親の元に戻り、父親はアナの前で時計を見せる。さて、精霊のフランケンシュタインは何処に行ってしまったのか?
 スペインの田舎の風景や村の景色がゆっくりと流れていく。まだ現実と幻想の区別がつかない幼い少女アナの心の動きをゆっくりと描いているところが良いのだろう。それより何より、アナの目がクリクリして可愛いのだ。これだけで高得点。アナを演じたアナ・トレントと言う女優は今でも活躍しているとのことだが、もうアラカンだって。時の経つのは早いなあ。