アナ・トレントは
映画は虚構だと撮影時認識していたらしいが 流石に俳優がメイクしたフランケンシュタインの姿を見た時のアナ・トレントの驚きの表情を監督のビクトル・エリセは忘れられないと語る 切り取られた真実の瞬間は映画を上回る時がある
これも映画製作の面白いところである
エリセの30年ぶりの新作『瞳をとじて』にアナ・トレントも出演して
あの有名な台詞「私はアナ」を呟く場面があると
柳下毅一郎の熱い解説を聞いて
ずっと無視続けた『ミツバチのささやき』を見る気になった
1973年から2024年の歳月を越えて
『瞳をとじて』を撮ったのには何らかの繋がりがあるらしい
1973年六本木のミニシアターで
上映された後虜にされた輩たちが どんな所に魅了されたのか僅かでも理解したい欲求と同時に私はどう感じるのか興味を持った
本編の舞台となるスペインの小さな村オジュエロスは
何処までも荒涼とした景色が続く
背景にスペイン内戦の暗い影が窺えて緑のないぬかるんだ道を
歩く子供達を見て胸が痛んだ
アナとイサベルの姉妹と両親は同じ画面に
顔を揃える事はなくカットバックで映るに留まり
幸福からそれぞれ少し離れた場所に
いて近づく事を躊躇しているよう
母親が手紙を書く場面で
結婚したい相手は今の夫ではなかったらしい事が窺える
アナがいなくなった夜
焚き火で手紙を焼くのを躊躇った
母親の心情が複雑で
炎に照らされた顔が娘の安否を気遣ってるようには見えなくて
静かに手紙を読み返しながらその手はなかなか手紙を離そうとしない
翌日医師からアナと同じくらい
疲れ切ってると言われ
そんな事もなかったのかと
見てる私も複雑
アナが映画で見たフランケンシュタインは恐怖よりも哀切が勝る
殺された小さい女の子も
フランケンシュタインの怪物も
本当は死んでいなくて
精霊だからいつでも心で呼び掛ければ答えてくれるというイサベルの
言葉を信じる
精霊が隠れている小屋で
追手から逃れてきた傷ついた兵士を
フランケンシュタインの怪物に重ねて
カバンからリンゴを差し出す
そのアナの姿は
繰り返し本でみた写真と同じだと
束の間 胸がときめく
その夜小屋の窓に何回か閃光が走り
銃声が鈍く轟く
アナの祈りは打ち砕かれ
一人彷徨う森の湖畔のほとり
揺らぐ湖面に映るフランケンシュタインの怪物の顔
彼を見上げるアナの無垢な顔
虚構と現実の境界線が溶け合う
このシーンがとても印象に残る
アナを怖がらせる為に
絶叫の後壊れた植木鉢の土が散乱する部屋に倒れて動かないイサベル
のように死の匂いがそこかしこに
漂う
内戦の後
平和を取り戻したかに見える
が一度すり抜けた幸福は
荒れ果てた風景と共に
元の輝きが戻るまでに
まだ時間がかかりそうだ