年内最後の映画はこれだった。品川1館でしかやっていない。そして回数も少ない。じきに拡大するようだけど。そして噂どおり上映後拍手が起こっていた。
これは公開前にいろんないわくがついているがそこまで詳しく追ってられないが、素直に映画だけを見ての感想は「なんて国に住んでいるんだろうか」だった。
もちろん伊藤詩織さんという人の受けた傷、それの放置のされ方、自分が憧れていたジャーナリズムがもっとも腐っていてその膿の中心にはまってしまったという事実。
そしてこれは立ち上がってからのダイアリーだが、立ち上がるまでの撮られていないダイアリーはもっと壮絶なものなのだろう。本人は自分のことを「ジャーナリスト」と言っていたが、まさに色んな意味で自信にしかない武器でそれから戦おうと思ったのだろし、こんなことがなくともそれだけのポテンシャルはある人だったろう。25歳(だったか)でこの事件の被害に遭い、奇しくも自分の持てる能力を振り絞ってその敵に挑んだ。自分の知識を総動員してそれを選んだ。それこそが自分を「ジャーナリスト」と思ったからに違いない。
両親の反対やいろんな反対を押し切って突き進む精神力は尋常ではなく、更に、「性被害」の向こうに待っているのは警視庁長官、その上に内閣総理大臣であって、それに立ち向かっていくものだったからだ。
25歳の学生が就職の相談に行って、そのまま国のトップ相手に戦うことになってしまうなんてもうホラーだ。安倍晋三という戦後日本の破壊者にして日本の腐敗の中心に居座っていたクズと、その周辺の権力の側にいるクズたち(山口敬之)。「なんて国に住んでいるんだろうか」の可視化というか、老害が日本の若く優秀な若者を食い物にしているリアリティに出会った。そしてそんな若者を護れないどうしようもない国に住んでいることの情けなさ。
チラッとしか出てこなかったこの逮捕を握りつぶした中村格警視庁長官。そんなのがまだ平気で世の中をウロチョロしてるのかと思うと吐き気がする。という思いと共に劇中でもあらぬ中傷を受ける伊藤詩織さんは確かに薄着だったり肌を見せ過ぎなのかもしれない。途中いや〜なおっさんの誘いの電話のやり取りがあるが、もっと同情を引こうと思ったらそもそも肌の露出やピタッとした服を着なければいいのに、と思ったりもするがそこは一貫して同情を買おうという魂胆がまったくない強固さがある。
そして、このドキュメンタリーも自分が「出ている」だけでなく「監督」である。客観的なものを作りたければ本来は「監督」はしないほうがいい。情報の線引きを自分でやっているので、ドキュメンタリーというより事実を自分で編集(=脚色)したまさに「ダイアリー」。主語は自分であり自分の気持ちである。言ってみたら戦う映像の個人記録。そういうネーミング含めてなかなか最強な記録かもしれない。