Black Box Diaries

ぶらっくぼっくすだいありーず|----|----

Black Box Diaries

レビューの数

18

平均評点

80.5(91人)

観たひと

127

観たいひと

6

(C)Star Sands , Cineric Creative , Hanashi Films

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドキュメンタリー
製作国 イギリス=アメリカ=日本
製作年 2024
公開年月日 2025/12/12
上映時間 102分
製作会社 Hanashi Films=Cineric Creative=スターサンズ
配給 スターサンズ=東映エージエンシー
レイティング 一般映画
カラー カラー
アスペクト比 16:9
上映フォーマット デジタル
メディアタイプ ビデオ 他
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

場面 ▼ もっと見る▲ 閉じる

予告編 ▲ 閉じる▼ もっと見る

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

第97回アカデミー賞で、日本人監督初の長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた注目作。ジャーナリスト兼映像作家の伊藤詩織が自らカメラを回し、2015年に自身が受けた性被害を機に、社会の沈黙や偏見、圧力と向き合い続けた姿を、本人の視点から描き出す。2017年の記者会見以降、8年にわたる製作期間を経て完成した。本作は、世界60か国以上で上映されたが、日本では当事者から指摘を受けた箇所などを修正した「日本公開版」を上映する。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

2015年4月3日、ジャーナリストを目指す25歳の伊藤詩織は突然、思いもよらない被害を受ける。それは、“同意のない性被害”だった。伊藤は実名を公表し、この事件と立ち向かうことを決意。そこから彼女の世界は一変する。性暴力の被害を受けた一人の女性が、自身に起きた事実を記録しながら、社会の壁を少しずつ打ち壊していく。声を上げ続ける痛みを通じ、理不尽な世界とそこで見せる希望の光を、圧倒的にリアルな映像で描き出す。世界が見つめ、社会の心を揺さぶったひとりの女性の“沈黙”と戦う旅が幕を開ける。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2026年1月号

10のコラムでふりかえる映画界2025:⑩ 伊藤詩織監督「Black Box Diaries」、長い“沈黙”を経て公開へ

連載 金平茂紀の「あなたは・・・・・」:第7回 ゲスト 伊藤詩織[「Black Box Diaries」監督]

2026/02/22

2026/02/22

75点

選択しない 


サバイバーとして

ネタバレ

最後の言葉サバイバー達へとダイヤリーズの複数形へ意味は他の性被害者へのエールだと思い感動しました。
関西で見たのですが、見逃すところでした。こんなひっそりと公開する事に今の政治状況を感じざるおえません。
ドキュメンタリー映画としては警官の証言や大部分が削られ事がわかっていたので未完成感があり、その分伊藤詩織さん自身のドキュメントとして見れました。泣き笑いPTSDに苦しみながら裁判を続ける頑張り。家族に普通に生きたかったと言うところや本を出版してもう家族に会えないかもと言うところが普通の人として共感しました。今の不条理な時代普通の人がまるでロバートレッドフォードのコンドルのように大きな権力に巻き込まれて行く可能性はあるんですよね。そんな誰もがサバイバーになる機会がある時代にこの映画は希望です。悪の栄えたためしはない、生き抜きましょう、皆で。

2026/02/14

2026/02/15

100点

映画館/群馬県/シネマテーク高崎 


色のない世界を走り続けた人

ずっと暗中模索の日々だっただろう。
自分ではその場所がよくわからなくても、目的地を伝えれば
ちゃんと運んでくれるはずのタクシーによって辿り着いた場所が
地獄だったあの日からずっと…

今、伊藤詩織さんはちゃんと色のついた景色を観る事が出来ているのだろうか。
春の桜
夏の新緑
秋の紅葉
冬の雪
日本には四季折々の色があって、その豊かな色彩を楽しみながら日々を過ごせる。
でもあの日からずっと暗闇を走り続けていた伊藤さんの眼にはその色が映っていたのだろうか?

立ち止まってしまうとその痛みに耐えられない。
だから暗闇でも走り続けた日々。
トンネルの向こうに明るい陽の光がある事を信じて
温かく自分を包んでくれる場所がある事を信じて走り続けた。

どれだけ長い日々を走ってきたのでしょうか?
トンネルを抜け出す事は出来たのでしょうか?
温かな場所はあったのでしょうか?
光りある場所に辿り着けたのでしょうか?

自分が彼女の立場になった時に
絶望してしまうような社会や組織が良いのか?
伊藤さんもビデオメッセージでご両親に向かって遺言を残されてましたよね。
それは社会や組織が個人を守らない、尊重しないという事の証左では?
個人ですら現実を直視する事無く冷たい眼を向ける人がいる。
裁判所の外で伊藤さんを詰った女性がいたけれど、その女性のような無知さだけはあってはいけないと思う。

日本社会や組織の冷たさと個人個人の温かさとの対比が激しい。

捜査官さんもタクシードライバーさんもドアマンさんも、彼女を宿泊させていた友人さんたちもとても温かな人たち。
その優しさが、暗闇を走る伊藤さんにとって温かなともしびになった事は言うまでもない事でしょう。
そんな優しさや温かさを伝えあえるような社会や組織を持つ日本であってほしいなと切に願う。

今はまだそういう社会ではないから、多くの女性たちに作品を観てもらって自分を守って欲しいです。
それがこの映画を作った伊藤さんからの贈り物だと思います。


捜査官Aは踊る大捜査線の青島刑事や室井管理官だよね。
彼を冷遇するような組織なら抜本的な改革が必要。
ドアマンさんの優しい言葉にこちらも泣く。
あんな事が起きてるとは…という後悔もあるだろうけどそれ以上にご本人の優しさが溢れてる。
タクシードライバーさんも、きっと印象的な出来事だったのかもしれない。
それが大事になった時に『忘れてはいけない』という思いに記憶を変化させたのでしょう。


映画が公開される前の出来事が大きく取り上げられましたが…
元代理人が『自分の声や姿が使われている』とクレームつけましたが
そもそも日常的に録音録画はされていたんだし
その方はBBCのドキュメンタリーで氏名も姿も声も世界中に拡散されている。
今さら『映画はNG』って矛盾過ぎます。

ホテルの防犯カメラ映像について民事裁判時の目的外使用禁止の覚書を持ち出す人がいるけど、その映像はアーカイブとして裁判所に行けば誰もが見ることができます。なぜなら後に続く人(がいるのは社会が改善されていない証拠ですが)のために資料として残されているから。
ならば使用禁止の覚書というのは『当該民事裁判中での目的外使用禁止』という事になると思います。
あの映像をアニメとかで加工して作ったら『オーバーに作っている!』と批判される事でしょうから、映像はそのまま使われる必要があります。
そして国連のビジネスと人権に関する指導原則で
ホテルには施設内での人権侵害の予防と起きた時の人権救済の責任があるとの事。
ホテルの利益のみを語って防犯カメラの映像使用を認めないというのは『ホテルが犯人側に立つ』事と同じ意味を持ちます。
それはダメでしょう?

そしてさらに言えば
泥酔者がホテルに連れ込まれようとしている。
連れ込もうとしている人は『ホテルに一人でチェックインしている』
ホテル側は泥酔者さんの『宿泊の意思確認を行うべき』ですよね?
一人宿泊が二人宿泊に変わるのなら、宿泊料金の変更が必要でしょう?
しかも泥酔者さんが急性アルコール中毒で亡くなるような事があれば
それこそホテルの不利益になる。
ホテルに入ろうとする人の人権を守る観点から
宿泊の意思確認は行われるべきだし
泥酔者を確認したら急性アルコール中毒を回避するために救急車を手配すべき。
亡くなってしまう事が一番の人権侵害のはずですから
それを予防する為の行動としてホテル業界全体がガイドラインを作成する必要があると考えます。

そしてそれはタクシー業界も同様。
社内で急性アルコール中毒で亡くなってしまう可能性だってあり得るのです。
応答確認をしてダメだと思ったら会社を通じてホテルと連携して
誰がなんといおうと病院へ連れて行くというガイドラインが必要では?

タクシー&ホテル業界にそんなガイドラインがあれば
伊藤さんの事案は防げることになると思いませんか?
それこそが優しさや温かさを伝えあえるような社会や組織ではないかと思うのです。

この作品がそういう社会を目指す一歩になる事を願って…

2026/02/13

2026/02/13

80点

映画館/神奈川県/kino cinema 横浜みなとみらい 


すべてのサバイバーに捧ぐ

日本のどこがダメなのかを知るには、この映画を見ればいい。
そして、マトモな人もたくさんいることを知るのにも、この映画を見ることをオススメする。
ホテルマンの証言のくだり、見てる自分も涙しました。

2026/02/07

2026/02/10

-点

映画館/北海道/シアターキノ 


つくづくひどい社会

事件の概要はもともと知っていましたが、それにしても起きていることがひどすぎて、ずっとイライラしながら観ていました(癖で爪をギリギリしてしまって、爪がなくなるんじゃないかというくらい)。
特に安倍晋三(名前のテロップは一応ぼかしてありましたが)の国会答弁(自分がこの事件の被疑者逮捕の中止に関して知るわけがないという逆ギレのようなテンションの答弁。そもそも安倍氏指名なのに官僚が返答しようとしていた)や、逮捕中止を命じた中村格の栄転(その後、安倍氏暗殺の責任をとるという形で退官)。

被疑者の山口氏自身は、起きたこと自体は是認しつつ、違法ではないと主張。ジャーナリストの中で安倍氏ともっとも親しいとまで言われる人物で、係争中に「総理」なる本まで出版。
そのことに関する官僚側の「忖度」なのか、安倍氏の指示なのかは不明(しかしながら、忖度であるならば、安倍氏は真っ当に本来の対応をするよう、つまりは逮捕すべし、と警察に指示するべきだと思いますが)。

そもそも、逮捕の流れになったのは(今作を見る限りでは)被害者である伊藤氏が粘り強く働きかけつづけたから。
担当の捜査官は逮捕の直前(中村格に止められたが)までやりはしたものの、自分の立場がなくなるとのことでそれ以上の関与を拒否。それでいながら、伊藤氏を気遣うような上辺のことを言い、食事に誘うなどしており、(本作を見る限りではという留保は一応あれど)嫌なおっさんの典型的な振る舞い。
自分の仕事が失われるかもしれないというのは、確かに重大なことではあるかもしれない。しかし、警察に所属する者(あるいは検察や裁判所、政府等も含め)は、正義や公正さを守る機関である以上、そんなことを優先するようなら就くべきではないと、他人事の立場であれど思わざるを得ない。(もちろん、そんな腐った組織にしている者たちに最大の責任がある)

一方で、民間のホテルのドアマンの人が事件当時の証言を申し出る(自分の名前を出すことも、それで職を辞することも厭わず)のは、日本という国の構造のまずさを象徴している。もちろん、ドアマンの人の行為は正しいのだが、そもそも警察が真っ当に機能していれば、民間人が覚悟する必要がない。

被疑者の山口氏に関しても、今作では特に説明されていなかったが、TBSのワシントン支局長であったはずの山口氏と伊藤氏が東京で会うことになったのは、山口市が従軍慰安婦に関するデマ記事を書き、そのことが本社で問題視されて帰国していたためである(同月、支局長から解任、翌年退社)。
その後、「HANADA」やら「WILL」やらというネトウヨ御用達の雑誌に寄稿するライターとなっているわけだが、このようなそもそもデマを流すような人物を「最も親しいジャーナリスト」と言われることをよしとしていた安倍氏に大いなる不信を抱くべきだ(統一教会との関係も鑑みるに、本当に親しいかとは別に、付き合うのに不適切な相手だとしても利用できるならするというのが安倍氏のスタンスだったのだろう)。
奇しくも今作が札幌で公開される数日前、衆議院選挙直前で、山口氏は立憲民主党(というか急きょ公明党と合流した中道改革連合)の安住氏のデマを流していた。

今作ならびに伊藤氏自身について、さまざまな毀誉褒貶がある。
今作にも出てくるが、最初の記者会見で服の胸元があきすぎているとか(だから何?)、目立ちたがりだとか(仮にそうだとして、だから何?)、ハニートラップだとか(それなら訴えて本人に何の得がある?)、今作につかっている素材の許可どりが不十分だとか(それは良くないかもしれないが、ジャーナリズムとしてはどちらを優先すべきかの決断はありえるべきことだろう)。

今作ではたとえば、山口氏に1,100万の訴訟を起こした件は語られない(受理されるとかされないとかのくだりが該当するかもしれないが、金額の話はない)ため、山口氏からの1億3,000万円の訴訟がより際立つ演出になっているなど、伊藤氏側に肩入れする内容になっているといえば否定はできない。
しかしながらそれも「だからどうした?」とも思う。

結審したの2022年。事件から7年後のことだ。
しかも、山口氏はいなおり、中村氏もいなおり、安倍氏は知らぬといったまま死んだ。誰も真っ当な謝罪もしなければ、総括も行われていない。
これはこの事件に限らず、日本のシステム全体に蔓延する病理だ。

個人的に、伊藤氏について危ういな(本人が悪いということではなく)と思うところはある。
見た目が良過ぎるというのがひとつ。そのため、好奇の目にさらされてしまう。本人が常に見た目を整えているのも(裁判のときは、ひとりだけカジュアルめなマフラーをしていて、明らかに目立っていた)、日本では叩かれやすい要因になってしまう。
今作は伊藤氏の独白含め、英語のところが多く(留学・進学でアメリカにいたからということのようだ)、そのあたりは、内容の生々しさを緩和するため、あるいは衝動的に話すことを避けるためにワンクッションおいていると理解できるが、単に「いけすかない」と思われることもあるのではないか。
「ジャーナリスト」と自分のことを言っているが、ジャーナリストになろうとしたいわば就活中に事件に遭ってしまったわけで、ジャーナリストと言えるような人なのだろうか?という不信感は正直なところ私にはあった。あけすけに言えば、うさんくささを感じていた。
しかしそんなことはまったく関係ない。だからひどいめに遭ってよいなどということはありえない。

ある意味で利害関係者である山口氏を訴えた時点で、日本ではKY(死語か)ととらえられかねない。
しかし、訴えれば大変なことになるのはわかっているが、沈黙するなら自分にとって幸福はない、という伊藤氏の独白はそのとおりだと思う。
おかしいのは間違いなく、日本社会の方ということ。

2026/02/06

2026/02/07

75点

映画館/神奈川県/kino cinema 横浜みなとみらい 
字幕


つながらなかったバトンを映像で問う

事件そのものは、卑劣なものであり一度逮捕状が出ていながら、安部総理から警察トップのルートで告訴されなかったと言うことは知っていたが、それよりも本映画の日本公開前に、多くにメディアで映像の中身の議論(映像の無許可使用)があったことで劇場へ。
朝日新聞2025/12/13の記事。キネマ旬報1月号の記事(「10のコラムでふりかえる映画界2025」と「金平茂紀のあなたは・・」)。そして今日(2026/2/7)の朝日新聞の「多事奏論」。
伊藤さんの元弁護団からの指摘の4項目(裁判なみで使うことが許されたホテルの防犯カメラの映像、捜査官A・タクシー運転手・元弁護士との会話)の当事者への無断使用のことを実際の映像で注目して見た。
確かに先入観なしで見ても、「よく防犯カメラの映像を使わせてくれたなあ。高級ホテルがそんな許可を?」とか「捜査官Aは現役の関係者だったが、懲戒にならないのかな?」
4項目以外だが、後半証言に立ってくれた重要な人物のホテルのドアマンもホテルを首にならないのか?」とそんな心配をしながら見た。
伊藤さんも一部日本版では修正をかけたとのことだが、伊藤さんは米国のドキュメンタリー制作における「公益性」を重視する「フェアユース」と言う考え方を日本でも押し通したようだ。
映画の最後で、捜査官Aもきっと左遷されているようだが首にはなっていないようであるし、ドアマンも首になっていないようだ。流石に外資系のホテルのおかげでしょう。
映像の前に「Black Box」を出版した文春はやっぱり流石です。一方山口敬之の書いた「総理」は幻冬舎でした。図書館に誰も借りられないでたくさんあるがやはり安部総理のよいしょ記事は読みたくないね。

2026/01/15

2026/01/28

90点

映画館/神奈川県/横浜ブルク13 


素直さを素直に受け止めればよいのではないか

ドキュメンタリーとはいえ、一本の映画なので、そこには当然、作り手の「意図」や「作為」があるはずだし、むしろあるべきなのだが、だからこそ尊いのではないか。

長年いろいろな人を見てきたというだけで論評するのはよくないのだけれど、この作品が作品として完成し得たのは、ある意味伊藤詩織さんの「素直さ」ゆえではないかと思う。
素直だからこそ、あんな形で事件の当事者にされてしまい、素直だからこそそのあとの警察含めた社会の対応に憤り、打ちのめされ、それでも、素直だからこそ、なんとかして自分の被害を認めさせ、その戦いを通じて、社会を少しでもいい方に変えたいと思ったのだと、直接知っているわけでもないのに、そんな風に感じた。

映画を作りながらも落ち込み続け、泣き呻き続け、加害者の顔を見ることに慄え続け、それでも、逃げず、素直に立ち向かい続けた。だからこそ、とうとう、ある種の「勝利?・・と呼んでいいモノではないのかも知れないけれど・・」を得たときに、依然として自分の無謬を語る加害者の会見に、堂々と参加するパワーを得たのだろう。
この作品の内容がすべて真実か、とか、どこまで開示性が高いのかとか、我々素人にとってはある意味どうでもいい。
表現として、そしてそこに描出された彼女の姿が、十二分に説得力があり、心に響く、これは真実だ。
だからこそ、みんなが観るべきなのだが、自分が見た回は意外と客が少なく、しかも男性が多いのが少し気になった。
(女性は自分ごとととらえすぎてつらくて観る気になれないのかも知れないが・・・)

一つだけ言うと、ある一人の善意によって救われた、ような構成になっているのは、逆に「物語化しすぎ」ともとれるかな、とは感じた。あそこでグッと感動してしまうのも事実なのだが・・