Black Box Diaries

ぶらっくぼっくすだいありーず|----|----

Black Box Diaries

レビューの数

8

平均評点

77.4(48人)

観たひと

63

観たいひと

8

(C)Star Sands , Cineric Creative , Hanashi Films

基本情報▼ もっと見る▲ 閉じる

ジャンル ドキュメンタリー
製作国 イギリス=アメリカ=日本
製作年 2024
公開年月日 2025/12/12
上映時間 102分
製作会社 Hanashi Films=Cineric Creative=スターサンズ
配給 スターサンズ=東映エージエンシー
レイティング 一般映画
カラー カラー
アスペクト比 16:9
上映フォーマット デジタル
メディアタイプ ビデオ 他
音声

スタッフ ▼ もっと見る▲ 閉じる

キャスト ▼ もっと見る▲ 閉じる

場面 ▼ もっと見る▲ 閉じる

予告編 ▲ 閉じる▼ もっと見る

解説 ▼ もっと見る▲ 閉じる

第97回アカデミー賞で、日本人監督初の長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた注目作。ジャーナリスト兼映像作家の伊藤詩織が自らカメラを回し、2015年に自身が受けた性被害を機に、社会の沈黙や偏見、圧力と向き合い続けた姿を、本人の視点から描き出す。2017年の記者会見以降、8年にわたる製作期間を経て完成した。本作は、世界60か国以上で上映されたが、日本では当事者から指摘を受けた箇所などを修正した「日本公開版」を上映する。

あらすじ ▼ もっと見る▲ 閉じる

2015年4月3日、ジャーナリストを目指す25歳の伊藤詩織は突然、思いもよらない被害を受ける。それは、“同意のない性被害”だった。伊藤は実名を公表し、この事件と立ち向かうことを決意。そこから彼女の世界は一変する。性暴力の被害を受けた一人の女性が、自身に起きた事実を記録しながら、社会の壁を少しずつ打ち壊していく。声を上げ続ける痛みを通じ、理不尽な世界とそこで見せる希望の光を、圧倒的にリアルな映像で描き出す。世界が見つめ、社会の心を揺さぶったひとりの女性の“沈黙”と戦う旅が幕を開ける。

キネマ旬報の記事 ▼ もっと見る▲ 閉じる

2026年1月号

10のコラムでふりかえる映画界2025:⑩ 伊藤詩織監督「Black Box Diaries」、長い“沈黙”を経て公開へ

連載 金平茂紀の「あなたは・・・・・」:第7回 ゲスト 伊藤詩織[「Black Box Diaries」監督]

2026/01/12

2026/01/13

80点

映画館/兵庫県 


日本、変わるか。

ネタバレ

kino cinéma神戸国際にて鑑賞。

伊藤詩織監督作。自身が受けた性暴力被害を告発するが、被害届が受理されなかったり、逮捕直前までいきながら、組織の上からの判断でストップがかかるなど日本社会の不透明な構造が見えてくるというかつてないドキュメンタリー。

ホテル前に止まったタクシーから出てくる二人の映像からすると伊藤さんは足元もおぼつかず、強引に連れ込まれそうに見えた。ある時点から記憶がないという言葉からすれば、何らかの薬物を使われた可能性が濃厚。

大手マスコミゆえに、皆がグルになって隠蔽に走ったとしか見えないが、ドキュメンタリー作品を公開するような企業なら、社員の不始末の可能性は徹底的に内部調査すべき。

当事者だけでなく、無関係の人物が被害者を非難する歪さ。人によったら、自死を選びかねない集中攻撃に手を貸した人物は後になっても炙り出して欲しいと思う。

映像を無断使用することは良くないが、このことを性的暴力と同等と言う元弁護士の思考も理解できない。

海外からの評価があっての日本公開という構図に、またかと思う一方で、映画化を決めた故・河村氏の選択の確かさを思う。

2026/01/12

2026/01/12

100点

映画館/東京都/kino cinéma新宿 


一人でも多くの方に見て貰いたい作品

シェラトンホテルの
ベルボーイの目撃証言について
タクシーから降りる時に
無理矢理だったことや
泣き声のような唸り声が聞こえたなど
法廷で証言して欲しい旨を
電話で伝える時
当日は公開裁判なのでもし、
証言した場合
ホテルの名前など明言されるし
社会的立場で不都合な事や
心配事などが無いか相談したい
そう言い切った後に
目をギュッとつぶって
その後の彼から発せられる
言葉を待った
映像ではほんの数秒
まばたきをするほどだったけれど彼女にとっては
とても長く感じられたに
違いない
だからこそ、彼の返事の
最初の言葉を聞いて
涙をポロポロと
溢したのだ 彼への
最大限の敬意を払って
嗚咽を我慢しながら
何度も頷いていた

「何も心配はありませんし、
名前を出してもかまいません」
そして、こうも言っていた
「(被告に対して)軽すぎるんですよ、僕は前から許せなかった」
彼の声は真っ直ぐて
詩織さんを包み込むような
温度があった

電話を切った後
我慢してた声が漏れ
幼い子供のように声を上げる
人は本当に嬉しい時は
こんな風に大人の女性を
子供のころに
戻してしまうのかもしれない

『black box diaries』
の書籍の出版の後 
詩織さんと同じ職種の女性たちが主催のイベントに出席した時
同じ体験をした方や
同じ想いを抱く方たちからの
激励に近い言葉を貰い
冷静に耳を傾けていたけれど
マイクに向かって
「今まではこのような席では
裸で矢面に立っているような
気持ちだったけど
今日は皆さんから一枚一枚
ブランケットを肩に掛けて貰って今は何枚もブランケットが
重なって‥‥」と
涙で声を詰まらせた
同じ想いの人たちの
励ましの声が彼女の中に
静かに染み渡っていくのが
目に見えてわかった

父親から法廷に休みをとって
見に行くというメールが
届いた
父親が娘に願う事は
大勢の不幸な目にあった
女性の為に声を上げて
英雄になる娘じゃなくて
平凡な結婚や子育てをしながら
側でその成長を見守る事なのだ
それを知りながら
真実を伝える荊の道を
選んだ娘をどんな想いで
見つめるのだろう
父親への想いを語る詩織さんは
複雑な表情をみせる
大切な人のささやかな願いを
裏切る結果になる
信念を貫く事は誰かの悲しみを産むのかもしれない。

以下はパンフレットについて
ジャーナリストらしい
性犯罪・性暴力の
被害に関する相談のリストや 
自主上映の案内など
この映画を制作して
ある程度の責任を持って
同じ被害に遭われた方達への
思いやりと
とても真摯な態度が窺える

彼女の手書きのsurvival kit
として トラウマと向き合う中で助けられたものたちが
紹介されてる
その中で太陽を浴びる(特に朝)
美味しいものを友人とシェアする  に共感した。

2026/01/10

2026/01/10

85点

映画館/神奈川県/横浜ブルク13 
字幕

 これは、第97回アカデミー賞で、日本人監督初の長編ドキュメンタリー映画部門でノミネートされた話題作。
 ジャーナリストの伊藤詩織が、自身の受けた性被害と、その後の告発と裁判の模様を、自身が監督して映画としています。

 2015年4月3日、ジャーナリスト志望・25歳の伊藤詩織は、思いもよらない性被害に遭う。それは、TBS報道局への就職を目指す彼女が、TBSのNY支局長(当時)の山口敬之から受けた“同意のない性被害”だった。
 だが、彼女の告発は受理の段階から難航、何とか逮捕状が出されるまで行ったものの、山口は逮捕されず、不起訴となった。
 伊藤は実名を公表し、この事件と立ち向かうことを決意。日本社会の”ブラックボックス”をこじ開けようとする、彼女の戦いが始まる……

 この映画ですが、2024年には完成、アメリカ、イギリスなど世界60か国以上で公開されて高い評価を得てはいたのですが、日本では公開が見送られて来ました。それは、伊藤詩織の民事裁判で代理人を務めた弁護士らにより、本作での映像・音声の目的外使用(無許可利用)を咎められたせいでした。
 然しながら、アメリカなど多くの国では、社会性のある映画においては公益性の高さを考慮し、資料映像などの無許可利用を容認する〝フェアユース”の考えが一般的ではあります。だからこそ、本作の映像・音声利用には問題がないとして、米国映画アカデミー他、多くの映画祭で認められているのであり、日本の対応はいささか時代遅れに感じます――フランスでは、本作の日本公開を求める署名運動まで起きたとか……
 結果としては、昨年12月からの日本公開に当たって、指摘に対して映像・音声を修正した「日本上映版」が製作されました。

 こうした騒動もあって、公開まで長い時間を要した本作ですが、誤解を恐れずに率直な感想を言えば、これは「面白かった」。
 性被害、と言う重い題材を扱う本作ですが、事件の後、刑事裁判と民事裁判、それに書籍「ブラックボックス」の刊行で、伊藤詩織自身、既に多くを語って来た、と言う想いがあるのでしょう。本作は、彼女自身と、その感情を主に描いているように思えます。
 〝魂の殺人”とまで言われる性加害を受け、将来を絶たれ、告発も受理して貰えずに絶望して泣いてばかりの事件直後の状態から、少しずつ味方を増やし、戦うと決めて立ち上がり、誹謗中傷や、圧力に心折られそうになりながらも、戦い抜く決意を固めて行く、その心の動きを記録した本作は、彼女の“癒し”を描くものでもあるでしょうし、最後には民事訴訟で勝利するまでを描く本作は、まるで劇映画のようにドラマチックでもあるのです。
 日本社会や、メディアとも戦う覚悟で、挑戦的な言動をする一方で、記事で山口敬之の写真を見ただけでPTSDを発症してしまったり、会見のプレッシャーで寝込んでしまったりする、強さと弱さを併せ持つ伊藤詩織を等身大のひとりの女性として捉え……そして、公の場での能面のような表情からは想像も出来ない、プライベートな場での柔らかな笑顔や、家族への甘えた口調など、彼女の素が捉えられているのもよく、これは多くの人を魅了するでしょう。
 これを自身で監督して映画にするのは困難では、と思ったのですが、実は、本作の編集には「小学校~それは小さな社会~」の山崎エマが携わっており、これには、なるほどと納得をしました。

 しかし、あらためて描かれるのは、日本の性犯罪対応の立ち遅れ。日本では、性被害を受けた女性の96%が自身で告発が出来ず、結果、性犯罪の約7割が表面化しないのだ、と言う……しかも、伊藤詩織が示すように、大変な苦労をした末に告発が受理されても、立件もまた困難であり、そして立件しても揉み潰される……彼女はそれでも諦めず、民事訴訟を戦い、最後、最高裁で勝利するのですが――最初の裁判では注目されたものの、最高裁の判決に注目するメディアはなく、裁判所から出る彼女に投げつけられたのは、「アイドル気取りか!」と言う罵声のみ。(それを言うのが女性と言うのが……)
 そんな現状を変えるには、社会を変えるしかなく、だからこそ、彼女は民事裁判の後も、裁判で共に戦った仲間を失うとしても、こうして戦い続けるしかないのです。

 映画は、最高裁判決の後、帰路につく車内で、ディスティニーチャイルドの「サバイバー」を歌う彼女の映像で終わります。
 〝魂の殺人”を乗り越え、生き残った彼女の笑顔と歌声には心揺さぶられるし、その、ひとつの勝利に胸が熱くなります――しかし、彼女の戦いはまだこれからも続くのですが……

2025/12/30

2025/12/31

75点

映画館/東京都/T・ジョイPRINCE品川 


すみません、野次馬としての鑑賞です

ネタバレ

ジャーナリストの伊藤詩織さんの性被害に関するドキュメンタリー作品。
メディアでは何度も報道されており、多くの方が詳細は知らずとも事件のことは知っていると思います。
都内で1館の上映ということもあって、お客さんはほぼ満席といってよい状況。
そのため、内容より話題性かと思っておりました。
しかし、監督が伊藤詩織さんということもあって一方的な視点ですが、本作でいろんな問題がみえたことはジャーナリスト視点で問題を捉えられていると思いました。

この事件は元は性被害だと思います。
しかし、声をあげたものの、それが届かない。
それは権力。
伊藤さんが戦っているものが、想像より大きなものと戦っている。
被害と向き合うのも大変なのに、権力との戦いは相当怖かったのではないかと思いました。

残念ながら、本作は出演者の同意のないものがあったりするらしい。
そういうものがあって素直に応援できないのが伊藤さんの残念なところ。
しかし、本作が海外で評価を受けたのも納得の内容でした。

ちなみに、上映終了後は拍手がありました。

2025/12/30

2025/12/31

68点

選択しない 


ダイアリーであることの意味

年内最後の映画はこれだった。品川1館でしかやっていない。そして回数も少ない。じきに拡大するようだけど。そして噂どおり上映後拍手が起こっていた。

これは公開前にいろんないわくがついているがそこまで詳しく追ってられないが、素直に映画だけを見ての感想は「なんて国に住んでいるんだろうか」だった。

もちろん伊藤詩織さんという人の受けた傷、それの放置のされ方、自分が憧れていたジャーナリズムがもっとも腐っていてその膿の中心にはまってしまったという事実。

そしてこれは立ち上がってからのダイアリーだが、立ち上がるまでの撮られていないダイアリーはもっと壮絶なものなのだろう。本人は自分のことを「ジャーナリスト」と言っていたが、まさに色んな意味で自信にしかない武器でそれから戦おうと思ったのだろし、こんなことがなくともそれだけのポテンシャルはある人だったろう。25歳(だったか)でこの事件の被害に遭い、奇しくも自分の持てる能力を振り絞ってその敵に挑んだ。自分の知識を総動員してそれを選んだ。それこそが自分を「ジャーナリスト」と思ったからに違いない。

両親の反対やいろんな反対を押し切って突き進む精神力は尋常ではなく、更に、「性被害」の向こうに待っているのは警視庁長官、その上に内閣総理大臣であって、それに立ち向かっていくものだったからだ。

25歳の学生が就職の相談に行って、そのまま国のトップ相手に戦うことになってしまうなんてもうホラーだ。安倍晋三という戦後日本の破壊者にして日本の腐敗の中心に居座っていたクズと、その周辺の権力の側にいるクズたち(山口敬之)。「なんて国に住んでいるんだろうか」の可視化というか、老害が日本の若く優秀な若者を食い物にしているリアリティに出会った。そしてそんな若者を護れないどうしようもない国に住んでいることの情けなさ。

チラッとしか出てこなかったこの逮捕を握りつぶした中村格警視庁長官。そんなのがまだ平気で世の中をウロチョロしてるのかと思うと吐き気がする。という思いと共に劇中でもあらぬ中傷を受ける伊藤詩織さんは確かに薄着だったり肌を見せ過ぎなのかもしれない。途中いや〜なおっさんの誘いの電話のやり取りがあるが、もっと同情を引こうと思ったらそもそも肌の露出やピタッとした服を着なければいいのに、と思ったりもするがそこは一貫して同情を買おうという魂胆がまったくない強固さがある。

そして、このドキュメンタリーも自分が「出ている」だけでなく「監督」である。客観的なものを作りたければ本来は「監督」はしないほうがいい。情報の線引きを自分でやっているので、ドキュメンタリーというより事実を自分で編集(=脚色)したまさに「ダイアリー」。主語は自分であり自分の気持ちである。言ってみたら戦う映像の個人記録。そういうネーミング含めてなかなか最強な記録かもしれない。

2025/12/26

2025/12/27

98点

映画館/東京都/T・ジョイPRINCE品川 
字幕


この映画の存在をあらゆる人々に伝えたい。

伊藤詩織さんが性被害を受けたのが2015年の4月だから、もう10年以上の時が流れた。
彼女が泣き寝入りすることなく闘い続ける姿を綿々と紡いでいくこの物語に私は素直に共感するし日本の社会の闇の部分に強い憤りを持つ。シェラトンのドアマンの方が実名で証言してくれると電話でやり取りするシーンでは私も涙した(満員の劇場でも啜り泣きが聞こえた)。
この映画がアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、世界60超の国で公開され国際賞も20超で受賞したにも関わらず、日本での公開はやっと始まったが上映館は僅か1カ所と言う事情は、何処ぞの弁護士の横やりによる映像修正もあるが、映画の中であらためて強く明らかにした加害者山口敬之元TBSワシントン支局長、彼の逮捕を止めた中村格刑事部長(その後警察庁長官に出世)と安倍元首相及びそれを取り巻く権力者たちの存在があったからだ。今の総理も安倍元首相の後継者なので権力者たちへの忖度(この映画を世に広めるなと言う)は続くのだろう、。
編集を担当した山崎エマ(プロデューサーのエリック・ニアリは夫)も「小学校-それは小さな社会-」の短編版がアカデミー賞の短編ドキュメンタリー賞にノミネートされていたが、今作と共に発表時にニュースで流れただけで、その後はオールドメディアでは話題にもならない。日本は真実の報道をしない後進国に成り下がったが、このままじゃ、文化芸術の分野でも後進国になってしまうと危機感を感じました。
2022年7月。最高裁で山口敬之の賠償金支払いが確定(奇しくも安倍元首相が銃撃された日)した後、車の中で喜び「25歳だったのに33歳になった」と言っていた。大切な若き日々をこの事に全て費やしたと思うと、又泣けてしまった。伊藤詩織さんには今後もドキュメンタリー監督として次なる作品に挑んでもらい有名になってもらい「Black Box Diaries」を地上波で放映できる世の中に変えてもらいたい。私は応援します。
2025年、この映画を今年の私のベストムービーといたします。