日本橋の裏通り金兵衛長屋に住む浮世絵師喜多川歌麿は、美人画で名声をあげていた。長屋に住むおかくの娘お蝶は、歌麿のモデルになって有名になりたいと考えた。同じく金魚売りの孫娘お雪は、歌麿のフアンで身の廻りの世話をしている。歌麿の名声を快く思わないのは、松平周防守お抱えの狩野栄川を中心とする狩野派の連中である。一日、栄川の門弟に追いかけられ、歌麿はおかくの家に隠れた。お蝶は、チャンス到来と、庭先で行水をする。歌麿は筆を取った。俄然、お蝶の人気が出た。同じ長屋に住む浪人の野平軍六は仕官のあてもないその日暮しの生活をしていた。歌麿は軍六の妻のおたみの肢体に目をつけた。モデル料が一両と聞いて、おたみは意を決した。--その頃、イベリア国から将軍家の上覧に供しようと曲芸団の一行が訪れた。周防守の屋敷で、イベリア使節団接待の宴が催された。腰元五十人に紅白の腰巻をさせ、庭前の池に放った鯉を掴まえさせるという行事が行われた。歌麿は、周防守邸にもぐりこみ、これを描いた。「鮑取りの海女」の絵は大好評だった。おたみは、モデルをつとめるうちに、歌麿の真摯な態度にひかれ、いつしか思いを寄せるようになっていた。しかし、罪悪感から解放されなかった。歌麿は多額の金を与え、おたみと別れた。この歌麿とおたみの間を喚ぎとったお雪は絶望し、甚八のすすめる縁談を聞き入れた。ある夜、歌麿の家に怪漢が忍びこんだ。酒に正体をなくしている歌麿の、彼の生命ともいうべき右手の骨をうち砕いていった。歌麿は狂乱した。お雪の心は動揺した。婚家先へ着いた花嫁姿のお雪。しかし、お雪は身をひろがえして家を飛び出した。歌麿の胸もとにくずれた。彼女は「お師匠さん、お雪が手になってあげます」と叫んだ。歌麿の目からも涙が流れた。