東京市本郷区駒込(現・東京都文京区)の生まれ。父は青森県弘前市出身の洋画家・奈良岡正夫。1945年に弘前市へ疎開し、のちに女子美術大学洋画科へ進学。舞台装置に興味を持って演劇部へ入ったが、慶応義塾大学との合同公演の時に役者が足りないため、舞台に出演。この演技が好評で芝居に興味を持ち始め、大学2年生の48年に、民衆芸術劇場(第一次民芸)付属養成所へ入った。翌49年、木下順二作『山脈』で初舞台を踏む。同年7月に民芸は解散。50年12月に劇団民芸として再発足し、彼女は大学を卒業した51年に入団。54年の『煉瓦女工』で初の主役をつとめ、以後、数々の舞台に出演を重ねる。中でも61年の初演以来、上演回数約250回を数えた『イルクーツク物語』のワーリャ、76年から3年間全国を巡演した『奇跡の人』のアニー・サリヴァンが当たり役。65年に新劇演技賞、70年に紀伊國屋演劇賞、77年にテアトロ演劇賞、2006年に毎日芸術賞、07年に読売演劇大賞優秀女優賞など数多くの賞に輝く、新劇界を代表する演技派女優である。映画には民芸の宇野重吉が主演した「痴人の愛」49に出演したのを皮切りに、52年の「原爆の子」からは「女の一生」「縮図」53、「狼」55といった新藤兼人監督作で注目を集める。やがて、民芸が戦後に再開した日活と提携したことから、日活のアクション映画にも数多く出演。独立プロ映画にもコンスタントに顔を出し、特に山本薩夫監督「証人の椅子」65における、検察庁によって夫殺しの犯人にされた妻の演技は絶賛され、毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。さらに70年にも熊井啓監督の「地の群れ」、黒澤明監督の「どですかでん」の演技で再び同賞に輝いている。70年代からは活動の中心である舞台の傍ら、映画、テレビドラマのバイプレイヤーとして活躍。ドラマではTBS『東芝日曜劇場』で杉村春子、山岡久乃と飲み屋の三姉妹を演じた『おんなの家』シリーズ74~93のほか、同局『忠臣蔵・いのちの刻』88、『家族って』90、『花嫁』91などに出演し、NHK大河ドラマは『天と地と』69、『春の坂道』71、『風と雲と虹と』76に出演したほか、『いのち』86、『春日局』89、『篤姫』08ではナレーションを担当。11年の『江・姫たちの戦国』には大政所・なか役で出演している。NHK連続テレビ小説にも『水色の時』75や『おていちゃん』78に出演したのに加え、『おしん』83、『おんなは度胸』92、『春よ、来い』94~95ではナレーションをつとめた。その演技と人間性は多くのスターから尊敬を集め、日本テレビ『太陽にほえろ!PART2』86では、石原裕次郎が勇退したあとに刑事たちのボス役を任され、降旗康男監督「夜叉」85、「鉄道員(ぽっぽや)」99、「ホタル」01では主演の高倉健のラブコールによって共演が実現。特に「ホタル」では、かつて特攻隊員たちを送り出した食堂の女将に扮して、戦後も癒されぬ彼らの死に対する想いを見事に表現し、ブルーリボン賞助演女優賞を受賞した。ほかにも須川栄三監督「螢川」87での、ほんの数シーンしか登場しないが感涙を誘う三國連太郎の先妻役など、出演場面の多少に関わらず強い印象を残す彼女の演技は、今や日本映画・演劇界の至宝と言える。また「釣りバカ日誌」シリーズには、三國連太郎演じるスーさんの妻・鈴木久江(二代目)役で9作目から最終作までレギュラー出演。08年、スタジオジブリ作品「崖の上のポニョ」に声優として参加するなど、80歳を超えた今もその表現力は深度を増し続けている。2023年3月23日、肺炎のため東京都内の病院にて逝去。享年93歳。