【ハリウッドで大成功を収めたイギリス・ルネッサンスの新星】イギリス、ロンドンの生まれ。父はイギリス人で母はアメリカ人。7歳より父の8ミリと玩具人形で映画を撮り始め、短編の一本は1989年にテレビ番組で放映されたという。ロンドン大学連合UCLに進んで英文学を専攻。映画サークルで16ミリ短編を数本製作し、ケンブリッジ映画祭で上映された作品もある。卒業後は広報ビデオ会社で働きつつ、製作・撮影・編集まで一人五役で98年に完成させた「フォロウィング」が、ロッテルダムほか各国のインディペンデント系映画祭で“ヒッチコックの再来”と称えられ、正式な監督デビューとなった。時系列を分解した犯罪スリラーである第1作の成功に続き、第2作の企画はアメリカの資本を得て、2000年に「メメント」として完成。記憶障害を題材にやはり時系列を分断した構成で綴るこのサスペンスは、サンダンス映画祭やインディペンデント・スピリット賞で評価され、興行的にも好成績を残し、ノーランは一躍ハリウッド注目の人となる。02年、スティーヴン・ソダーバーグが製作を担当した第3作「インソムニア」でメジャーに進出、05年にはアメコミ・ヒーロー映画のリニューアルを課せられた「バットマン・ビギンズ」に抜擢されるなど、評価・製作環境・興行成績すべて鰻のぼり。奇術ミステリーの「プレステージ」(06)を間に置いた新生バットマンの第2弾「ダークナイト」(08)は、興収5億ドル超の全米映画史上2位を記録、娯楽映画ながら批評でも絶賛され、ヒットメーカーの玉座に君臨することとなった。【仮面の下の真実を求めて】ダニー・ボイルが開拓したイギリス・ルネッサンスを承け、新感覚の自主映画で世界に名を馳せると同時に、ハリウッドに進出して大成功を得た新星監督。インディーズ時代の2作品はともに時系列を分解した構成を採り、DVDで繰り返し観て楽しめるという意味での“ニューメディア世代”と称された。これは文体の革新であったクエンティン・タランティーノ以後の才能とみられたが、ハリウッドに進出してからは(ミステリーの叙述トリックは除いて)話法も正攻法に落ち着き、一方でドラマチックな物語展開と心理学的な人間考察によってまた評価を高めた。型式や叙述の奇抜さを取り除けば、ノーランのすべての作品に共通するモチーフは“隠された真実の探求”である。「フォロウィング」も「メメント」も、主人公は事件の背後に隠された真相を捜し求め、驚愕の事実に至って悲劇に直面する。「インソムニア」や「プレステージ」ではその真実を隠すために命を賭す悲哀を、「バットマン」では正義の仮面に隠された真実の顔を探った。「ダークナイト」の悪役が輝くのは、追い詰められるヒーローの鏡として、どんな人間にもある真実の顔を奔放に晒すからなのだ。