志摩半島の西南端にある小さな港町。そこの相生座に何年ぶりかで嵐駒十郎一座がかかった。座長の駒十郎を筆頭に、すみ子、加代、吉之助など総勢十五人、知多半島一帯を廻って来た一座だ。駒十郎とすみ子の仲は一座の誰もが知っていた。だがこの土地には、駒十郎が三十代の頃に子供まで生ませたお芳が移り住んで、駒十郎を待っていた。その子・清は郵便局に勤めていた。お芳は清に、駒十郎は伯父だと言い聞かせていた。駒十郎は、清を相手に釣に出たり、将棋をさしたりした。すみ子が感づいた。妹分の加代をそそのかして清を誘惑させ、せめてもの腹いせにしようとした。清はまんまとその手にのった。やがて、加代と清の仲は、加代としても抜きさしならぬものになっていた。客の不入りや、吉之助が一座の有金をさらってドロンしたりして、駒十郎は一座を解散する以外には手がなくなった。衣裳を売り小道具を手放して僅かな金を手に入れると、駒十郎はそれを皆の足代に渡して一座と別れ、お芳の店へ足を運んだ。永年の役者稼業に見切りをつけ、この土地でお芳や清と地道に暮そうという気持があった。事情は変った。清が加代に誘われて家を出たまま、夜になりても帰って来ないというのだ。駅前の安宿で、加代と清は一夜を明かし、仲を認めてもらおうとお芳の店へ帰って来た。駒十郎は加代を殴った。清は加代をかばって駒十郎を突きとばした。お芳はたまりかねて駒十郎との関係を清に告げた。清は二階へ駆け上った。駒十郎はこれを見、もう一度旅へ出る決心がついた。夜もふけた駅の待合室、そこにはあてもなく取残されたすみ子がいた。すみ子は黙って駒十郎の傍に立って来た。所詮は離れられない二人だったようだ。