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「蝶の眠り」の滑らかさとは真逆のザラザラ感で際立つ。監督自ら演じる主役の顔からしてそう(失礼!)。だが、私小説ならぬ私映画というものがあるとしたら、本作こそ、まさにそれだ。誤解してはいけないが、自分の撮りたいモノを撮って満足する類の自主映画ではない。この私=主人公は、徹底して対象化されており、この男はいったい何を考えているのかと、その言葉や動きに眼が離せなくなるからだ。ただ、狙いではないだろうが、手持ちカメラの揺れが気になった。とくに前半。
「子猫をお願い」のチョン・ジェウン監督だから、大いに期待したのだが……。全体にキレイすぎる。中山美穂演じる小説家が美しいのはよいとしても、話の展開も綺麗に流れすぎる。それに、あの豪邸。監督は建築ドキュメンタリーを撮っているくらいだから、ヒロインの住まいにはこだわったのだろうが、あれだけの家に住むのには、よほどの印税収入がないと難しいのではないか。そのわりに、彼女が忙しく執筆しているようには見えない、なんて考えるのは、しがない物書きの僻みか。
猫の蚤とり、その裏は、欲求不満の女人を身体で慰める稼業、というわりには、この侍、寺島しのぶ扮するお妾以外、ほとんど勤めを果たしていない。その分、女房の悋気に手を焼く豊悦が手練手管を見せはするものの、題目ほどではない。結局、斎藤工演じる寺子屋の先生が猫に嚙まれて死にかけるといった話で転がしていくのだが、エピソードの繋ぎがいまひとつなうえ、最後の降って湧いたような忠義話が示すように、この世界では、庶民はまったく無力で、侍がエラかったで目出度しとなるのだ。
インタビュー中心だから、ドキュメンタリー映画としてはダイナミズムに欠けるが、莫大な損失を隠蔽した「オリンパス事件」がテーマだけに、東芝の粉飾決算などにもつながる。そこで明らかになるのは、企業内で不都合な問題が起こると、それを隠蔽し、不正を告発する者を排除する体質だ。そこには、忖度も働けば、組織存続のためという「大義名分」もある。ということは、公文書の書き換えや隠蔽が日常化している日本の国家行政機関の体質そのものを照射する映画でもある。
これを評価するポイントがあるとしたら、最後に罵倒される人物が主人公の本当の父親であるということ。私小説と同じ意味で私映画なのである。それを知ったのは資料を読んだからだが、ネタバレというより、コンセプトを知って見た方がずっと面白いので書いてしまう。だからと言って何もかもが事実じゃないだろうが。ここでは罵倒も愛であり、特定の人物以外に向ける主人公の過剰ないらだちもそう思えば許せる感じになる。虚実皮膜というけれど、もっと虚を強調できたら良かったのに。
ラストに表れる主人公の脂っけの抜けきった表情が抜群。冒頭の、成功した野心満々な小説家という風情が嫌な感じなので、これにはほっとする。そうか、演出だったんだね。昭和時代を舞台にしたらしい彼女の小説が実写化されて所々で出てくるのだが、この部分が撮影も物語もいい。水に溶けてしまう水彩画のイメージというのは主人公の病状のメタファーでもあろう。現在パートでは主人公の暮らす家のセンスが特筆すべき。建築家の自邸だそうだが、こんな家に住んでみたいものである。
田沼意次と聞いて『天下御免』を思い出す人はもはや少数派であろうが、冒頭(平賀源内の)エレキテルにはもう飽きた、という台詞に笑った。分かってらっしゃる。また主人公が藩を追放された事情を本人より田沼の方が知っている、というのも効果的である。私は蚤とりって何のことか全く知らずに見て正解。奇想時代劇というジャンルの傑作と位置づけたい。うどんこ亭主というのも出現し、これまた抱腹絶倒。阿部が豊川のカラミを覗いて、大真面目にテクの勉学に励むシーンが最高だ。
内容は面白く、日本の社会組織のあり方のダメなところもしっかり分かった。オリンパス・スキャンダルの件は全然知らなかったが、恐ろしいのはこの企業がこれだけの事件を起こしてもほとんど反省していないことだ。ただ、損失隠しが犯罪だという認識は、よく考えると日本人一般にはないのではないか。身内の恥は隠して当然という感覚の方が勝っているような気がする。私にしてからがそうだしね。反省します。星が伸びなかったのは、手法があまりに報道番組的で映画っぽさを欠くため。
枝葉は描かれるが幹は見え隠れするだけなので、空疎な中身を隠した枝葉のみの映画と混同しそうになるが、抜け出せない穴の中の閉塞感を充実した細部の描写で見せ、緊張感が途切れない。二ノ宮の無表情が良いが、歩く姿が特に際立つ。「その男、凶暴につき」以来の歩くだけで映画になる男だ。監督の自作自演によって映画の中で実人生を生き、飯を食い、酒を飲む姿までも惚れ惚れと眺めさせる。木村知貴らインディペンデント映画に欠かせない顔ぶれもいつもより突出させる演出を堪能。
あの瑞々しい「子猫にお願い」のチョン・ジェウンがこんな凡庸な難病映画を撮るようになったことに驚くが、だからと言って公式サイトのスタッフ欄には新垣隆ら日本人の詳細履歴は載せても、原案・脚本も兼ねる監督は名前すらないのは許せぬ。「生きる」がベースにあるが、愛犬行方不明事件の中山の狂いっぷりからして、むしろ「まあだだよ」が近い。アルツハイマーの進行以前に我が儘で不遜な言動の数々の中山にアゼンとするしかなく、出てくる日本人も韓国人もろくなもんじゃない。
東宝での鶴橋作品を観る度に伊丹十三が後期高齢者になって撮り続けていたらこんな企画を――と思わせたが、時代劇版「娼年」とも言うべき本作も然り。とはいえ、性的趣向が露骨に出た伊丹映画と違い、せっかくテレビでは出来ない企画というのに性描写は淡白。特徴的なまでに多用されるモノローグは一概に否定するものではないが、「俺も切羽詰まっている」「俺の人生感が変わる」と言っているだけで、画面では感情の動きが出てこない。終盤のトヨエツの扱いも台詞で説明するのみ。
オリンパス事件の概略と解任された外国人社長のインタビューで過不足なく構成され、ネットで配信されていれば見入りそうな作り。キャラとしてはかなり面白そうな雰囲気を醸し出すウッドフォード元社長の奇抜な言動がプロダクション・ノートにしか書かれておらず、この膨らみと余白にこそ映画としての可能性があったのではないか。日本人と外国人の根源的な文化の違いにまで視点を伸ばせる題材だけに、欲が出る。奥山和由のクレジットに松竹解任事件のドキュメンタリーも観たくなる。